番外編:体育祭2 練習
体育祭まであと10日。
今日の放課後も、グラウンドには生徒たちの元気な声が響いていた。
俺――花月は、その端っこで、ひとり「借り物競走」の練習に向かっていた。
そう、借り物競走。
運動能力皆無の俺でも“なんとかできる種目”という理由で選ばれたが、実際やってみると――
(……これ、運動より人間力の勝負じゃねえか)
走る前にくじを引き、「借り物」を探して連れてくる。それを先生がチェックし、ゴールを目指すという形式。
くじの内容は予測不能。物ではなく“人”が指定されるパターンも多く、誰に声をかけるかという交渉力がモノを言う。
俺はくじ箱から紙を1枚引き、開く。
【赤いもの】
(……楽勝)
周囲を見渡し、赤いリボンをつけている女子に声をかける。
「ちょっと、そのリボン借りていい?」
「え、あ、いいよ」
返事も快く、すんなりゴールまでたどり着けた。
が、その後――
【“好きな人”】
(……誰だよ考えたやつ)
俺は真っ白な頭でグラウンドを見渡す。もちろん、そんな対象いない。
困っていると、詩織が手を振って走ってきた。
「花月ちゃん、その顔……もしかして“好きな人”?」
「な、なぜわかった」
「それ、去年も出たの! あ、じゃあ私、連れてっていい?」
「いや待て、好きな人って意味、知ってるか?」
「うん! 一緒にいたいって思える人でしょ? だから、私だよね!」
すごい顔でニコニコしてくる詩織をそのまま引っ張っていくしかなかった。
先生のチェックは「まぁ、言葉の解釈は自由だしOK」と通った。
(……こんなルール、社会に出たら破滅するわ)
別の日の練習では、【真面目な人】というくじを引き、思わず夏美を指差した。
「……連れて行っていい?」
「……どうぞ」
何の感情も浮かべずに付いてきた彼女を見ながら、俺は思った。
(やっぱりあいつ、本当に人間として冷静すぎる)
だが、彼女と一緒に走ったあとの観客席では――
「えっ、あのふたり付き合ってるの?」
「花月って、地味系が好みなんだ……!」
という妙な噂が立ち、思わず「違う」と叫びたくなった。
練習が終わると、汗をぬぐいながらベンチに座った。
「どう? 借り物競争、ちょっとは慣れてきた?」
詩織が隣に腰を下ろしてくる。
「まあ……“体育”じゃなくて“社会”って感じ」
「ふふっ、確かに。交渉力、観察力、判断力、全部いるもんね!」
「……俺、前世でこんな才能育てた覚えないけどな」
「今世で育てればいいよ!」
元気よく笑う詩織の隣で、俺は少しだけ肩をすくめた。
(まあ……悪くないかもな、こういうのも)
体育祭が近づくにつれて、嫌でも少しずつ“青春”の味がしてきた。
あの頃の俺が想像もしなかった、どこかまぶしい毎日だった。