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第十二話 天才の入学

「……どうして、研究していることがわかったの?」


俺の問いに、夏美――いや、“彼女”は、静かに口を開いた。


「話すと少し長くなります。――でも、あなたには話しておこうと思います」


彼女の目は真っ直ぐで、嘘はなかった。


「私が中学三年のとき、進路のことでずっと悩んでいました。当時は、偏差値が最も高いって言われていた“大宮高校”に行こうと思ってたんです。誰もが“ここが正解”って思ってましたから」


淡々と話しながらも、その頃の葛藤が声に滲んでいた。


「でも――偏差値だけで進路を決めるのって、何か違う気がしたんです。だから、色んな高校のオープンスクールに行ってみました。でも、どこに行っても“ここじゃない”って思ってしまって……」


「……この学校も、最初はその一つでした。期待なんてしてなかった。けど、校内を自由に見学していたとき、ふと、大学棟の方に足が向いたんです」


夏美はそのときの光景を思い出すように、ゆっくりと語った。


「本来、あの棟は高校生が立ち入っちゃいけない場所。でも、なぜかあのときだけは好奇心に勝てなくて、建物の外からそっと窓を覗いたんです」


「そしたら、そこには……」


「アイスを取り合ってる男女二人と、ソファで寝てる男性。そして、机の上には――『性転換薬 研究書』と書かれた紙の束が置かれていました」


俺は思わず苦笑いを漏らしそうになった。


(……いつも通りすぎる)


だが、夏美にとっては、冗談じゃなく、運命だったのだろう。


「……当時の私は、性同一性障害ということを誰にも言えずにいました。親にも、友達にも。そんな中で“あの言葉”を見たとき、まるで世界に希望の光が差し込んだような気がしたんです」


「だから、私はこの高校を選びました。偏差値じゃない。将来性でもない。『私自身のため』に、です」


そして、彼女は少し視線を逸らし、照れくさそうに続けた。


「でも、薬を手に入れていきなり“女”になるのはリスクが大きすぎる。周囲から変態扱いされるかもしれないし、まともな生活も送れないと思った」


「それなら――最初から“女”として入学しよう。そう思って、首席を取って、“高校が認めることなら何でも許される”って特権を使って、女子としての身分を勝ち取ったんです」


「そして、薬の情報を追い続けてきました」


その覚悟と努力に、俺は一瞬、言葉を失った。


「ある日、ついに“試薬が完成した”という噂を耳にしました。同時に、“ネットで試験者を募集している”という情報も手に入れました」


「すぐにサイトにアクセスしました。でも、もう“誰か”に配送された後でした」


そして、彼女は俺の目をまっすぐに見て言った。


「……一週間後、あなたがこの学校に入学してきた」


「最初は、もしかして、と思っただけでした。でも今回、あなたの反応を見て、確信しました」


その言葉に、心の奥がずしんと重くなる。


(……バレた)


花月として築いてきた生活が、ガラガラと崩れていく音がしたような気がした。


「……薬が欲しいのか?」


俺は低い声で問いかけた。


夏美は頷いたが、すぐにこう付け加えた。


「ただ、すぐにとは言いません。けれど……真面目に取り合ってもらわないと――このこと、周囲に言いふらします」


静かな脅しだった。


だが、それは同時に、“交渉の余地”があるということでもあった。


「……わかった。明日、研究室と話してみる」


そう答えて、俺は彼女に背を向けた。


「じゃあ……また明日」


そのまま別れ、夜の静かな通りを歩く。


しかし、心の中はまったく静かではなかった。


(……どうする、俺)


もしも、交渉しなかったら無事では済まないだろう。


だからこの交渉に乗るしかない。俺はそう思った

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