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━半月後
「たあぁぁっ!」
小夜が己の能力を使用し、水の塊を猛烈な勢いで妖魔にぶつけると、妖魔は衝撃で形を保てなくなり霧散した。
退魔師は政府の運営する組織に所属している者が大半だ。
しかし、政府に所属している退魔師は駆除対象として定められている妖魔の規模に制限があったり、組織のしがらみから対応速度に問題があったりする。そのため、たいてい、どの街にも組織に属さず活動する退魔師が存在しており、個人から依頼を受けていた。
家を出た小夜も、帝都近郊の街にて、政府に属さない退魔師として活動をし、その報酬によって生計をたてている。
今宵、目標としていた依頼の妖魔を祓い、小夜は帰路についた。
「ん、帰って寝よ…。」
小夜が月の照らす野原を街へ歩いていると、突然後ろから呼び止められた。
「おい。」
「っ!?だれ!?まだ残っていたかしら!?」
妖魔のなかには、人の言葉を喋り、人を惑わす妖魔も存在する。
その類かと小夜は警戒し、振り返ると同時に構えた。
しかし、そこにいたのは若い男だった。
「おっと。すまない。私は妖魔ではない。退魔師だ!」
「退魔師…?」
たしかに、いでたちは典型的な退魔師のソレだった。
軍服をモチーフにしたという政府お雇い退魔師の洋装。腰には刀。背負う袋には道具が入っているようだ。
小夜は構えを解くと言った。
「なにか、私にご用でしょうか?」
「さっき、妖魔を「水の力」で倒していただろう。」
小夜は再び体をこわばらせた。
退魔師は基本的に、刀を中心とした呪具を用いて退魔を行う。
退魔師が持って生まれた「陽の力」を刀や呪具に流し込み、陰の存在である妖魔に対抗する。そして弱った妖魔を呪具の形態に基づく「武の力」で祓う。
理屈上は、例えば「科学の力」だとか「身体の力」だとか、「物理の力」のみを以てして祓うことは可能だ。可能だが必要とする力が大きすぎるため、通常は退魔師の「陽の力」に頼り、妖魔を弱体化させた上で祓う。
だが、それはあくまで、通常の話だ。
退魔師の代表格である五家は例外として「陽の力」の他にとある圧倒的な力を用いて妖魔を祓うことができる。その力とは、鬼三津家の場合は「水の力」だった。
五家は歴史の中で人ならざるモノと婚姻を結ぶことによって、人ならざるモノが持つ力をそれぞれの家の特有の能力として血脈に取り込んできた。人ならざるモノから取り入れた力はまとめて五属性と呼ばれ、五属性には「水の力」と「火の力」、「木の力」に「土の力」、そして「金の力」がある。
五属性はその使い方によっては一般的な呪具の持つ「武の力」をゆうに超える破壊力を発揮する。
そのため、五家の退魔師は「陽の力」に頼らずとも家の力のみで妖魔を祓うことができた。
五家が五家として讃えられる背景には圧倒的な力があった。
しかし、出奔してからの小夜は「水の力」を使用できるということを人に知られぬようにしてきた。
そのため、人前で妖魔を祓う際は「水の力」は使用せず、呪具のみで祓うように努めてきた。
「水の力」を使えるということは鬼三津家との繋がりを示す。家を出奔して活動している小夜にとって決して都合の良いものとは言えなかった。
しかし、「水の力」を使えるという事実を目の前の男は指摘してきた。
さらに、小夜は戦闘の最中に人の存在を感じることはなかった。つまり、それは小夜はこの男の隠蔽の技量に負けたということだった。
「…さあ、気のせいではないかしら。」
小夜は答えつつ、己の背に冷や汗が伝うのを感じていた。
「なぜ誤魔化す?おまえは鬼三津の者なのだろう?近頃、ここらで名を馳せている退魔師がいると聞いてな。」
「…っ。そのような噂があるのですね…。」
「あぁ、その者から何か学ぶものがあるのではないかと見にきた次第だ。鬼三津なら納得だ。」
満足げに頷く男を見ながら小夜は内心狼狽えた。
(この場を離れて、活動の拠点を移し、姿をくらませようかしら…。)
小夜は腰にさげた愛刀にそっと手をかけた。
「おっと。もし良かったらこれから一狩りいかないか?ここから少し離れたところに強い妖魔がいるらしい。賞金もある。」
「賞金?」
「気になるか?」
ニヤッと笑った男は指を二本たてた。
「二圓…?」
「いや、二十圓だ。」
「二十圓!?」
退魔をしない一般の警邏担当の者が一ヶ月にもらえる給料は十圓ほど。
二十圓はその倍だ。うどんを千杯食べることもできる。
(むこう数ヶ月は食べるものに困らないのではないかしら。)
小夜は身の回りの物のみを持って家を出た。よって現金の持ち合わせは無いに等しい。
家を出てから約半月が経った。毎夜のように妖魔狩りをし賞金を稼いでいるとはいえ、目立たぬよう狩った妖魔は小物ばかり。財布には寒風が吹いていた。この先、病や怪我に見舞われぬという保証も無い。
小夜は急に己の懐事情が気になり始めた。
「二十圓…。」
「なに、強いと言っても政府としてはまだ動いていない程度の妖魔だ。」
「それなら…そうですね。」
妖魔の賞金情報を仕入れるにも情報筋が必要だ。
帝都近郊のこの街に来たばかりの小夜にはまだ情報筋と呼べるものは無い。
街の人々から寄せられる細々とした依頼を数こなしていた。このまま退魔狩りを続けても、懐事情は安定しない。大物に出会い一山稼ごうと思っても、そもそも賞金が懸けられた大物に出会うことは難しい。
「その二十圓、いや妖魔。わたくしも行きます。」
先程まで男に対していた警戒心は腹にしまうことにした。小夜の頭の中は二十圓のことで埋め尽くされていた。
「よしきた!いっちょ行こう。俺もヘソクリが欲しいところだったんだ。仲良くやろうぜ!相棒!」
「あっ、相棒ですか…!?」
「おうよ。そういえばお前の名前はなんて言うんだ?」
「わたくしの名前は…小夜。小夜でございます!」
「小夜!かわいい名前だ。俺は…千冬!いっちょよろしくな!」
降って湧いた二十圓の賞金首と相棒に戸惑いながら、小夜は月明かりの野原を千冬と共に次の目的地へと歩むのであった。
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