3話
「ここが切通しかー!シュウは来たことあるんだっけ?」
「まあな」
「私も初めて見ました!絶景ですね……!」
鎌倉から西の松本へ向かうルートは海岸線沿いと極楽寺の切通しの2通りがある。
追撃を防ぎつつ進むなら、切通しを背にして進むのが道理だった。
「切通しを超えたところで夜営を行う!整理の者にしたがってテントを設営するように! 」
小隊長が切通しの先を指さしていた。
気づけばもう夜も更けている。
これ以上山道を進むのは危険だろう。
俺たちはひとつのテントを受け取り、民間人とともに夜営の支度を整えた。
テントに入る前、夜空を見上げると星々が煌々と輝いていた。
切通しと、反対方向には戦士の陣があり、篝火を焚いていた。その篝火から伸びる煙が、星座の世界へと吸い込まれている。
「きれい……!」
「だな」
先程までの激しい戦いが嘘のような静けさに、俺たちは言葉を失った。
先程の光景がリラックスさせたのか、はたまた疲労が限界に達していたのか。
テントの中に入った俺たちは、そのまま泥のように眠りについた。
気付くと、白い霧の中に立っていた。
「ここは……?」
周りには何も無いようだ。
いやちがう。
目の前には何者かがいる。
うっすらとだが、たしかに人が立っている。
戦わないと。そう思い腰のリボルバーを取り出そうとするが、腰にはなにも吊り下がっていなかった。
驚いて体を止めると、人影は中性的な声で言った。
「君の夢の世界だよ」
夢。そうだ。
テントに入って眠ったはずだ。
「じゃあ君は誰なんだ?」
「僕は君さ」
周りのモヤが少し晴れ、人影の顔があらわになる。
血のように赤い髪が後ろへと流れ、肩の少し下まで伸びている。
目は意志の強さを表すように目尻が上がっており、一方で口元は穏やかさを湛えていた。
色白で鼻は高く、日本人離れした美しさだった。
典型的な日本人顔である俺とは似ても似つかない。
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味さ。僕は君。もう一人の君だよ」
目が覚めると、テント越しに朝日が差し込んでくる。
敵襲で起こされるかもしれない。
そう用心して寝たものの、結果としては杞憂に終わったようだ。
夢までみてしっかりと休みが取れた。
夢見はいまいちだったが。
朝食を終えテントを出ると、渓谷には大量のテントが並んでいた。
「鎌倉都市ってこんなに人がいたんだな」
「人口1万人くらいいるもんね」
こうして1箇所にまとまると壮観だ。
テントを片付け山道を出ると、そこには海岸線が広がっていた。
小隊長が指示を出す。
「我々戦士および見習いはここで防衛陣を築く!」
今日の俺たちの任務はここの防衛らしい。
全員が山道を抜けたあと、殿軍に合流する予定だ。
簡易的な柵を築き、民間人の半数が山道を抜けた頃。
それは起きた。
「敵襲!」
声と共に銃声が響く。
俺たちの出番だ。
「いくぞ!」
「おう!」
「はいっ!」
銃声と剣戟がなる場所へ。
俺たちは急行した。
たかだか数秒の間に。
持ち場を守っていた戦士達はモンスターに蹂躙され、人影はただ1人のみだった。
銀髪の長身。
黒ずくめの服装に、紫色の幾何学模様が走っている。
モンスターたちはその人影に見向きもせず、民間人へと殺到する。
「あれは魔人……?」
「そんな、なんでこんなところに……!」
その人物の正体は魔人。
ダンジョンの奥でしか見られない、いわばダンジョンの支配者。
魔人について見習いが習うことはただ1つ。
絶対に戦わないこと。
それだけだ。
でもいま引けば多くの民間人が犠牲になる。
そもそもこの距離で接敵して逃げられるとも思えない。
ここは戦うしかないか。
「マイ、ケン!魔人に向かって戦闘開始!」
「わかった!」
2人の声が重なり、銃撃を始める。
しかしその弾丸が相手に届くより早く、敵が姿を消す。
「消えた……?」
「ぐはっ……!」
「ケン!……うっ……!」
攻撃をしたケンとマイが一瞬にして血だらけになる。
そして魔人が姿を現した。
……背中側に。
「ケン!マイ!……この野郎……!」
絶対に許さない……!
全力を込めて振り向きざまに蹴りを入れる。
しかし蹴りは空を切った。
魔人は距離を離している。
「それなら……!」
俺はリボルバーを抜き構えた。
しかし目にも止まらぬ速さで距離を詰めた魔人がリボルバーを弾き飛ばす。
「くそっ……!」
銃が飛ばされた以上素手で戦うしかない。
怯えを抑え正拳突きを繰り出す。
だが敵はピッタリと俺の側面につき、軽く掌底を繰り出した。
「ぐわっ……!」
俺は岩場まで転がされ、岩にぶつかり止まった。
額を切ったのか、視界が赤く滲んでいく。
全身に骨折を負った。
痛む場所が多すぎて無事な部位がどこかもわからない。
武器も失った。
詰みだ。
「おのれ魔人め……!」
滲む視界の先では後続の戦士たちが魔人に襲いかかっていく。
しかし魔人と接触するだけで、戦士は倒されていく。
「ここまでか……」
「こんな敵を相手に、諦めるのかい?」
その声は直接脳裏に響いた。
聞いたのは最近のはずなのに、なぜか誰の声なのか思い出せない。
「お前は……?」
「僕は君さ。君はもう戦わないのかい?」
視界の先でまた戦士が倒された。
もう前衛はいない。
後ろから銃を撃っていた戦士たちに魔人が襲いかかる。
それと同時にモンスターの群れが襲いかかり、民間人も戦士も区別なく捕食されていく。
「戦わないんじゃない、戦えないんだ」
少なくとも両手両足は動かない。
武器もない。
失血で体が重い。
間違いなく致命傷だ。
「あれは君の、いや僕たちの家族じゃないか?」
ほぼ見えなくなった視界の先。
サメ型のモンスターが一組の夫婦に襲いかかっている。
俺の親だった。
「あいつら……!絶対に許さない……!」
「そうだよね。なら戦わないと」
「戦う!」
「さあ、武器を取って。戦う力は君の手の中にある」
気付かない内に握っていた手の中には、見知らぬ拳銃がある。
「これは?」
「これは君のアストラル・ウェポン。君が最も得意とする武器であり、魔人をも討ち滅ぼす力だ」
震える手で銃を構える。
家族を襲っていたサメに向けて弾丸を放った。
不思議とほぼ反動は無い。
しかし弾丸の威力は凄まじく、サメを軽々と貫通し打ち倒した。
「これで家族の仇は取れたね」
「ああ。でも直接の仇がいる……!」
俺は魔人へと銃を向ける。
魔人は戦士を一掃したことで一息いれているようだった。
その隙をつく……!
弾丸を放つ。
先程より少し大きな反動とともに弾丸が飛んでいく。
照準が上にブレてしまったが、弾丸は魔人の頭へと向けて弓なりに飛んでいく。
魔人の頭を弾丸が捉える。
これまで聞いた事のないような轟音とともに魔人が崩れ落ちる。
首から先は……ない!
「よしっ!」
「君、やるじゃないか。さすがは僕だね」
声が遠のいていく。
「とはいえ、ガス欠か。
心配しなくていい。もう危険は去ったから。
また起きたら……」
俺は意識を失った。
明日も同じ時刻に投稿致します!