STORIES 009:シングル・レコード
STORIES 009
その日は仕事で、東京の外れのほうにいた。
とても暑い1日。
早めに上がって、地元のほうまで戻ってきた。
夕暮れまであと少し。
ちょっと涼みに行こうかな。
これなら今日は、明るいうちに海辺に寄れる。
ちょっと遠回り。
今は離れている、実家のある町へ。
建物もまばらな通りを、海岸へと走り抜けていく。
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中学の同級生の家の前を通りかかった。
時々ここを通るけれど、明るい時間にはあまり使わない道だ。
当時の彼は、太めの制服ズボンに開襟シャツ…
少し不良な感じの位置にいた。
けれど、誰かに嫌がらせをしたり、先生に歯向かったりするのではなく…
やりたいように好きにしているだけで、害はなかった。
冗談も言うし、一緒に悪ふざけしたりもした。
やはり少し悪そうな感じの兄がいたからか、なんとなく垢抜けていて、音楽の趣味も良かった。
ちょっと変わり者だったけどね。
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たまに、他の仲間と混ざって遊ぶこともあった。
その家にも何度か遊びに行った記憶がある。
これイイから聴いてみなよ。
レコードやCDを貸してくれることもあった。
よく覚えているのは、佐野元春の「シーズン・イン・ザ・サン - 夏草の誘い」の限定シングル。
たぶん僕が佐野元春をよく聴くようになったきっかけは、あのシングル盤だろう。
針を落とすと流れ出す、チリチリとしたノイズ混じりのレコードの音…
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中学を卒業すると高校は別々になり、彼に会うことはなくなった。
共通の仲間と遊ぶことはあったけれど、アウトドアな遊びをしない彼とは、共通項も減ってしまったのだ。
僕が高校を卒業して生まれた町を離れる頃には、彼のことを思い出すことも無くなっていた。
よくある話。
自然に身近にいれば話すけれど、わざわざ連絡を取り合うほどでもない…
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数年後、帰省したついでに、かつて溜まり場になっていた別の仲間の家に寄ってみると、その彼も遊びに来ていた。
何人かで話しながら近況を聞いたりしたけれど、あまり内容は覚えていない。
彼と会ったのは、それが最期だったと思う。
20代半ばくらいだったか。
あまり変わっていないようではあったかな。
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時が流れ、30代の頃。
僕は実家に戻り、結婚もしていた。
たまたま顔を見に寄った仲間のところで、彼の噂を耳にする。
少し前に、病気で亡くなったよ。
急に進行するような病だったみたい、という。
そっか…まだ若いのに残念だね。
どこか他人事のようで…
或いは見るでもなく眺めていたTVニュースで訃報を知ったようで、現実味を感じられなかった。
ずいぶん会ってなかったな。
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以来、明るい時間帯にその道を通ると、彼から借りて聴いていたあの曲と、中学生の頃の彼の姿を思い出す。
たぶん、彼はイイ奴だった。
佐野元春氏のレコードやCDの売り上げにも少し貢献したし、ね。
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陽が傾き始めた海辺には…
犬を散歩させる老人や、釣果のなさそうな釣り人、退屈そうな二人組の女性くらいしかいない。
僕は、捲り上げたズボンの裾を子供みたいに濡らしながら水辺に立ち、ただ波の来るほうを眺めている。
夏の夕暮れに、冷たさがとても心地よい。