2章 追憶(1)
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16歳。
おれは高校生。
なんで高校生なんてやってるんだろ。
あのときはそう思ってた。
教室の窓から見える外の風景が、やけに遠く見えた。
刑務所にいる人たちって、こんな気持ちなんだろうか。
望んで入学はしたけど、さして希望なんてなかった。
ただ与えられたことをこなすだけの毎日だった。
「樋口~、ノート見せてよ~」
樋口は旧姓。
20歳のときに両親が離婚して、おれは母の姓になった。
本を読むのが好きだったおれの休憩時間は読書タイム。
邪魔するヤツは敵。
一睨みして、それでもおれは机の中からノートを取り出した。
「なんで授業中に書いてねぇんだよ」
「寝てるに決まってんだろ」
「そうか、おれは寝ててもノートは取ってる」
ぶっきら棒な言い方だった。
よくこれで嫌われなかったものだ。
「おれはお前ほど器用じゃないんでね。サンキュー。すぐ返すから」
おれはクラスになじんでなかった。
なじもうともしなかった。
入学当初は当然嫌われた。
話しかければ睨まれ、言葉を交わせばぶっきら棒。
およそ社交的なことなんていっさい考えてなかった。
が、上には上がいるもので、こんなおれでもまだマシというヤツがいた。
中沢雅樹。
おれは少し離れた席にいるヤツをのぞくように見た。
日焼けして色黒だけど体は細い。けど、単に細いんじゃない、あれは引き締まってるタイプだ。
あいつは部活に入ってない。
授業が終わるとすぐに帰る。
授業中はヘッドホンをつけて音楽を聴いてる。
一度、先生に没収されたけど、反省文を書かされて返してもらったらしい。
で、今は少しは反省したのか、イヤホンになってる。
・・・反省してねェじゃん。
先生も注意だけはしてたけど、今は諦めたのか、ため息のみ。
目を閉じて音楽を聴き入ってた中沢をじっと見てると、視線を感じたらしい中沢が目を開けた。
一瞬だけ宙をさまよった目が、おれへと向けられる。
と同時におれは顔を背けた。
いや、別に気にしてるわけじゃないです。ハイ。
ただ見てただけです。
心の中でそう思って、おれは読書に集中した。
・・・できん。
本はただの文字のラレツになり、内容すら頭に入らない。
それでもおれはページをめくった。
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あの頃はまだ、自分がゲイだとは思っていなかったなァ。
もしかして、とは思っていた。
けど、こういう心理状況は男子が成長する段階での通過点じゃなかろーかとも思ってた。
おれは納品伝票をチェックしながら高校時代へとトリップしてた。
「小森くん、A店から商品受け入れ要請が来てるんだけど」
向かい合わせのデスクからの声で、おれは頭あげた。
伝票整理をしてた管理業務担当のおばさんが、伝票をピラピラと振ってる。
「2割値下げしてからだったら受け入れますよ」
セコイかもしれないけど、これもウチの売り上げを伸ばすため。
A店の人だって、大幅な値下げが怖いから売れない商品を他の店に回したい。
狙いが分かってるから、こちらも対処。
「ん?ちょっと待って」
おれは見た。
ピラピラと振られてる伝票に記載されてる商品番号。
おばさんから伝票を受け取って、それをじっくり拝見。
──これは・・・!
「今の価格で引き受けます」
おれはニンマリ。
だって、この商品、ウチで売れてるもん。
A店の担当者、なにやってるんだろ。