中沢の旅立ち(7)
「お言葉を返すようですが、あなたは息子さんに抜け殻になれと?」
おれの言葉に、お父さんは一瞬だけたじろいだ表情を見せた。
当然だろうな。
おれもびっくり。
こんなことが言えるなんて。
「あなたが示した道は、確かに確実性の高い生き方かもしれません。ですが、それはあなたの生き方です。彼の生き方ではありません」
「子供のくせに、知ったふうなことを」
さすがにお父さん。たじろいだ表情は消え、代わりにせせら笑った。
これがオトナの迫力か。
けど、負けてはいられない。
「そうですね。だから探すんです。自分の生き方を」
おれは逃げたくなる衝動を必死におさえた。
「これは、今からを生きる人間の特権です」
お父さんは冷たい目でおれを見下ろした。
ヘイゲイってヤツですな、これは。
それくらいのプレッシャー。
なんと思われてもいい。この意思はつらぬく。
中沢のために。
長く、お父さんはおれを見下ろしてた。
そして、大きなため息をひとつ。
「そうか、分かった」
あれ?
少しだけ、お父さんの顔がほころんだように見えた。
なにが分かったんだろ。
「だが、君を許した訳ではない。それだけは覚えておいてくれ」
「分かりました。では、僕からも一言、いいですか?」
「なにかね?」
「僕は、間違ったことはしていません」
「そう思うことが、若者の特権なんだろ?」
いつの間にか、お父さんの目から厳しさが消えてた。
「樋口くん、君も頑張りなさい」
なんで励まされてるんだろ。
オトナって、分からん。
お父さんは軽く頭を下げ、背を向けた。
お袋さんは深々と頭を下げ、お父さんを追った。
「よく頑張ってわね」
堀川のおばさまはかわいらしいガッツポーズだ。
「親子揃って、正直じゃないでしょ?あれで喜んでるのよ」
「は、はァ・・・」
「じゃ、元気でね。雅樹くんはいなくなっちゃったけど、いつでも遊びにいらっしゃい」
そういって、中沢夫婦を追いかけていった。
残ったおれは、今更ながらに足が震えた。