中沢の旅立ち(5)
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4月1日。
中沢は東京へ行く。
前日に電話があった。
『明日、東京に行くよ』
「そう」
電話の向こうの中沢は、希望に満ちた声だった。
それに比べ、おれは声の震えをおさえるのに必死。
なにやってンだろ。
こんなんじゃ、中沢にいらん心配をかけてしまうじゃないか。
「な、見送りに行ってもいい?」
おれは努めて明るく言った。
『もちろん。明日のH駅、10時の新幹線だ』
「了解。じゃ、明日」
そう言って、おれは電話を切ろうとした。
『・・・樋口』
受話器を置こうとしたとき、中沢の声が聞こえた。
おれは再び受話器を耳にあてた。
「ん?なに?」
『あ、いや。なんでもない。じゃ、明日な』
「う、うん」
今度は向こうから切れた。
なんだろ。
なにが言いたかったんだろ。
そして、今日。
中沢は遠い人になる。
新幹線のホームは、それほど混んでいなかった。
まだ上京シーズンには早い。
「住むところは決まってンのか?」
「ああ、この前実際に行って、契約してきた」
中古のワンルーム。
家賃は8万。
メンバーの一人と同居だと言った。
「お、お袋がさ、当座の生活費として金、用意してくれたんだ」
「お袋」の言葉に照れが見える。
中沢にとって、言い馴れない、けど、言いたかった言葉だ。
その「お袋」さんは、少し離れたところで壮年の男性と堀川のおばさまと一緒だ。
ほっそりとしてキレイな人だ。
育ての親とは言え、中沢を見る目には愛情がこもってる。
「いいお母さんだね」
「ああ。この前さ、ちゃんと礼が言えたよ」
恥ずかしそうに言う中沢が、なんだか子供っぽかった。
「えらい、えらい」
新幹線がホームに入ってきた。




