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抱擁(6)
どれくらい時間がたったんだろ。
おれは中沢から目をそらさなかった。
ずっと待った。
中沢が動きだす時を。
中沢の心が。
「・・・樋口、お前、頭いいな」
よくないよ。
ホントは勉強だってしたくないし、体操だって面白くなかった。
けど、今は違う。
変わった。
変えてくれたのは、お前だ。
だから、中沢には自分の未来を選んでほしい。
中沢の表情が変わった。
体からわきあがるエネルギーが見えた。
「おれ、もう一度言ってみるよ。ダメでもいい。そうなっても、おれはやる」
おれの目には、中沢はステージに立っているように見えた。
自信にあふれ、見る者を魅了する。
そう、輝いてる。
恥ずかしい言葉だ。
一生、そんな言葉なんて使わないと思ってた。
けど、その言葉は今の中沢にぴったりだった。
ベッドから立ち上がった中沢は、おれの隣に腰をおろした。
ち、近い。
おれはほんの少しだけ、体をのけぞらした。
だって、すっごく近い。
「ありがとう、樋口」
と言うと、中沢はおれを抱きしめた。