抱擁(5)
「・・・お前になにが分かるんだよ」
怒りでもない。
ただ、空虚な言葉。
「そうだね。ホントは分かってないのかも」
おれは認めた。
「ウチの両親、多分、離婚するよ」
帰ってこない父さん。
母さんは触れないようにはしてるけど。
いつもホヤ~っとして優しい母さん。
それは多分、おれを心配させないために、「よい母」を演じてるんだろうな。
そのことに気づいたのは最近じゃない。
「そうなったら、おれは母さんを一人にはしておけない」
これは間違った選択かもしれない。
親を置いて、独り立ちする人はいくらでもいるのに。
けど、おれを独り立ちさせるなんて、今の母さんにできることじゃない。
上の3人の兄を育てあげたとき、母さんにはもはや力はなかった。
体だってホントはそんなに強い方じゃない。
薬の量も増えた。
今度はおれが母さんを守る番だ。
「選択の余地が広いのなら、それを試せばいいだろ?」
おれにはできないこと。
けど、中沢にはできる。
「応援してくれる人もいるんだし」
中沢、頑張れ。
お前の人生は、お前だけのものだ。
中沢は黙ったまま、口を開こうとしない。
なにを考えてるんだろう。
おれの言ったことが、理想論だとでも思ってるのかな。
確かに理想だけど。
けど、理想は現実にさせるためにある。
現実にならない理想は、理想じゃなく、空想だ。
「・・・おれは親父を敵にしたくない」
「誰もそう思ってるよ」
だから、まず説得。
自分の生き方を理解してもらうんだ。
理解してもらえなくても、生き方を変えちゃダメだ。
自分の未来のために。
自分を裏切らないために。
「中沢、強くなろうよ。おれも強くなるから」
一緒に大人になろう。