9章 迷走(1)
「小森君、お疲れさまでした」
店長のねぎらいの言葉だ。
「いえ、今まで好きにさせていただいて、ありがとうございました」
おれは今日、会社を辞める。
26歳になって、おれはシルバーアクセの事業で大きく成長した。
新商品を出品するかたわら、シルバーアクセの雑誌に作品を投稿し続けた。
その甲斐あって、知名度があがった。
注文も増えた。
もう、二足のわらじはやっていられないくらいに。
貯蓄も増えて、店を構える資金もできた。
動き出した流れを肌で感じた。
「アクセサリーのショップを立ち上げるらしいけど、うまくいきそうかい?」
「うまくいく自信がなければ、辞めたりしませんよ」
「そりゃそうだ。頑張れよ」
「はい。頑張ります。仕事の引き継ぎはほとんど終わってます。あとは山崎くん次第です」
「了解した。山崎君、頼むよ」
「は、はい!」
おれの一歩後ろに立ってる、若い男性社員。
新入社員だ。
おれは彼がこの店に来たときから、自分がいなくなることを前提にすべてを教えた。
もちろん、パートのおれと違って社員は研修があるから、なにも知らないってワケじゃない。
けど、現場でしか体験できないことの方が多い。
彼は必死になって覚えてくれた。
そんな彼から、おれも教えられた。
自分は頑張ってるつもりだったけど、まだ甘さがあった。
二人で教え合い、成長した。
事務所を出たおれと山崎クン。
今日はまだ仕事がある。
「小森さん、おれ、これからどうすればいいんですか?」
社員の彼は、パートであるおれにも敬語を使ってくれる。
礼儀を知ってる、いい子だ。
「大丈夫だって。この3ヶ月、おれは山崎クンの発注や売り場計画に口を出さなかったでしょ?」
年が明けてから、大事な仕事は彼にやらせた。
最初はアドバイスしてたけど、若い彼はすぐに吸収し、それを活かすことができた。
センスのよさはおれ以上かも。
彼に任せてから、売り上げは上がってる。
そんな彼の仕事を見て、おれも勉強。
「小森ク~ン」
キミちゃんが駆け寄ってきた。
「今日で最後だね」
「うん、今までありがとね」
「さみしくなるね」
「まぁ、この町から消えてなくなるワケじゃないから。ヒマがあれば顔出すよ」
「うん、待ってる」
「山崎クンを頼むね」
「任せとけ」
キミちゃんは可愛らしく敬礼した。