歌声(6)
「じゃ、これが最後になります」
あっという間だった。
おれの知らない中沢を見ていられた時間は、もうすぐ終わる。
けど、演奏が始まらない。
中沢は後ろを振り返って、メンバーに待つようにジェスチャーしてる。
そして観客に顔を向けると、マイクを握った。
「最近、気になるヤツがいるんだ」
MTRの演奏と中沢の歌に酔いしれていた女の子たちが静かになった。
「そいつはマジメで、おれとは正反対でさ。なんてゆーか、ムテキな感じ?」
うつむき加減の中沢。
なにを言ってるんだろ。
「けど、この前、そんなムテキなヤツが必死になって頑張ってるところを見たんだ」
中沢はうつむいたままで、表情が分からない。
「そいつが教えてくれたんだ。強く生きることを。おれにとって、そいつは大切なんだ」
オレハ、自分ノ中ノナニカガ砕ケル音ヲ聞イタ。
「前からライブに来て欲しかったんだけど、忙しいヤツでさ。今日、やっと来てくれた」
もういい、分かった。
これは、多分、その人に向けてのメッセージだ。
おれの中の高揚した部分に、冷たい風が吹きぬけた。
人には出会いがある。
中沢はおれの知らないところで、人と出会う。
恋もするんだろう。
そいつってのは、きっと、いい人(女性)なんだろうな。
そして、おれは・・・。
「そいつをイメージして作った曲です。聴いてください」
おれは恋を認めたと同時に、恋を失った。
曲は、中沢の歌声から始まった。
切ない声。
スローテンポのリズムが中沢の歌を追う。
バラードだ。
切ない声は、次第に甘い声へと変化する。
その人に届けと言わんばかりに、声は伸びる。
すべては幻想だった。
おれが勝手に描いた幻想。
ホントに終わった。
おれの恋。
でも、よかった。 嫌われて終わるんじゃなくて。
おれはこの気持ちを封印する。
中沢への感謝の気持ちだけを残して。