歌声(3)
エレベーターで最上階に上がると、すぐにホールの扉があった。
そこには今回のライブのポスターが貼ってある。
出演グループや個人の名前が載ってるけど、
中沢の名前がない。 首をかしげた。
まさか、ホントは出ないってことはないだろうけど。
「中沢って、バンド組んでンの?」
おれは真木に聞いてみた。
「ああ、お前は知らないんだったな。中沢、バンド組んでる、『MTR』ってバンドだ」
ほほォ、ビンゴです。
「一人で歌ってるかと思ってた」
「お前、CD聴いたんだろ?あれだけの音を一人で出せるワケねェだろ」
そうだった。
激しい曲調のロックやバラード。
音楽のことはよく知らないけど、一人でできることじゃない。
パソコンを使った曲なら別だけど。
「まぁ、たまに一人で歌うときもあるけどな。その時は外で歌ってるらしい」
そうか。
だからあのときは一人で歌ってたんだ。
ホールの中に入った。
暗い。
ステージだけはライトで照らされてるけど、観客席は暗い。
そして狭い。
入り口すぐに、バーカウンターがあった。
メニューをチラッと見たら、ビールがあった。
・・・ヤバイ場所なんじゃなかろーか。
おれはちょっと不安。
「樋口、チケットはワンドリンク付きだから、なんか飲もうぜ」
真木はチケットをチラつかせながら、おれを引っ張った。
「こいつらさん」たちもいるのに、そちらはほったらかし。
「お、おれ、ビールなんて飲めないよ」
「なに言ってンの。高校生バンドが出るライブに酒なんか出さねェよ」
観客も高校生が多くなるから、ホール管理者が酒を出さない。
と真木が説明してくれた。
管理者は良識のある人らしい。
「座ると見えんから、立ち見でいいだろ?」
「う、うん」
おれは真木のなすがまま。
ステージの手前には、テーブルがいくつかあって、まだ空きがあった。
「中沢のバンド、なかなか人気でさ、始まると、ステージは女の子で囲まれるんだ」
へェ。
中沢目当てなんだろうか。
・・・ちょっとイヤだな。
と思ったおれがイヤなヤツ。
おれは中沢が好きなんだろうか。
心の中では確信に近いのに、理性がそれを否定したがってる。
だって男どうしだし。
中沢が女の子に人気があると聞いたおれは、確かに嫉妬してる。
この気持ちはおさえなくては。
知られちゃいけない感情なんだ。