7章 歌声(1)
30日。
練習は午後3時に終わった。
おれはその足でカイ兄のマンションへと向かった。
市内中心部にあるマンション。
前に一度遊びに行ったから、覚えてる。
カイ兄のマンションはオートロックだ。
ホールに入ってすぐのテンキーに暗証番号を打ち込む。
前から思ってたけど、
まだ専門学生なのに、なんで仕送りもなしでこんなマンションに住めるんだろ。
エレベーターで6階に上がり、突き当たりがカイ兄の部屋。
母さんからあずかったカギで部屋に入った。
・・・4割ほどの散らかり具合だ。
全部が雑然と投げてあるけど、どこになにがあるのかさっぱり。
ってほどでもない。
にしても・・・広い。
散らかり方が許容範囲内と思えるのも、部屋の広さがあるからだろうな。
ウチにいたころなんて、服やら雑誌やらが床に層になってた。
リビングのテーブルだけが、なにも置かれてない。
てか、強引にそこにあったものをどかせた、って感じ。
そのテーブルにメモ用紙。
それと小さな箱。
メモはおれ宛だった。
<ヒロへ 服はクローゼットに入って、すぐ左にハンガーでかけてる。
お前に似合いそうなヤツ、選んでおいたから。
それと、男としてのエチケットだ。
ちゃんとつけろよ。 サイズはそれでいいだろ。
頑張れよ~ カイ>
グシャ。
おれはメモを握りつぶした。
箱の中身がなんなのか、見なくても分かる。
カイ兄めェ、なに誤解してンだろ。
おれはフンゼンとしながらも、ウォークインクローゼットに向かった。
クローゼットに初めて入って、即座に理解した。
カイ兄がリッチな理由。
こりゃ、ホストだ。
キラッキラの服とか、
なんか知らんがテレビで見たことあるホストが着てる服まんまがいっぱいだ。
まぁ、カイ兄はかっこいいし、おれと違って社交的だし。
「えっと、入り口左のハンガーっと」
むむ~。 カイ兄はやっぱスゴイ。
おれの持ってる「パンツ」がGパンってだけで、
ちゃんと似合うものを用意してる。
これでホスト風な服だったら、おれは迷わず学校の制服で行くぞ。
あまりよく分からんけど、薄手のジャケットにTシャツ。
これならライブでも違和感ない、だろうな、きっと。
カイ兄、ありがと。
おれはその場で着替えた。
Gパンは練習用具が入ってるカバンに入れてきた。
制服をたたんでカバンに入れ、ハンガーの服を着る。
やっぱ、ちょっとおっきいな。
カイ兄の着こなしを思い出して、
それと同じように着てみたけど、
慣れてないせいか、サマになってない。
まぁ、いいや。
おれは気を取り直して、カバンを取った。
カサッ。
ジャケットのポケットになにか入ってる。
・・・ゴムだった。