罰(5)
吉井コーチに送ってもらったけど、家には誰もいない。
母さんは今日、遅くなるって言ってたし、本来なら、おれはまだ学校にいる時間だ。
「樋口、一人で大丈夫か?」
一人では歩けないほどになっていたおれを、吉井コーチは肩を担いで2階のおれの部屋まで送ってくれた。
着替えまで手伝ってもらい、おれをベッドに寝かせてくれた。
枕はいつもより高めにしてある。
上半身が浅く起きてる状態だ。
おれはサイドボードの引き出しに納めてた喘息の吸入スプレー薬を吸引した。
これで少しは落ち着くはずだ。
即効性の高い薬だけど、今回ばかりはまだ発作がおさまらない。
こんな激しい発作は何年ぶりだろう。
軽いものならいつものことだけど。
吉井コーチは床にじかに座ると、一瞬だけ遠い目をした。
「中1の試合のときだったな。お前が発作を起こしたの」
あのとき、吉井コーチは高校生で補助員として会場に来てた。
「メチャクチャ強いのに、最後の種目で発作を起こして棄権だったな」
そうだ。
寒い日で、おれは朝から体調がよくなかった。
中学に入って初めての試合にキンチョウしてたのかもしれない。
薬を忘れたんだ。
「なにがあったんだ?」
吉井コーチは責めるでもなく、おれを見ていた。
「発作を起こすなんて、よほどショッキングなことがあったんだろ?」
はい。ありました。
おれがサイテーなヤツだと分かった。
なんて言えるかよ。
黙ったままのおれに、吉井コーチは優しかった。
「ま、言いたくないならそれでもいい。けど、ムリはするなよ。じゃ、おれは帰るから、ちゃんと寝てろよ」
立ち上がった吉井コーチに、おれは精一杯の声を出した。
「コーチ、ごめんなさい」
「お前はなにか悪いことでもしたのか?」
した。全部、おれが悪いんだ。
謝るべきなのは中沢に対してだ。
「悪いと思うなら、まず体を治せ。じゃあな」
ドアを静かに閉め、吉井コーチの階段をおりる音が小さくなる。
おれは小さく笑った。
これこそが自嘲だ。