21章 1つへ・・・(3)
窓に顔を向けたままのガイに、おれはどんな言葉をかけてあげればいいんだろ。
目を閉じて、ゆっくりと一呼吸。
「・・・・・・昔さ、好きな人、いたんだ」
おれの中にいる中沢は、あのときのままだ。
「高校のクラスメイトでさ、カッコよくて、頭よくて。バンド組んでた。でも、いつも一人だった」
あのころの風景が、今、おれの目の前にある。
ドキドキしながら、中沢を盗み見てたおれ。
「喘息起こして、試験前に1週間休んでさ。試験対策に追われてたとき、そいつはおれのニガテな数学のノートを貸してくれたんだ。おれのニガテ科目を知ってくれてることにもビックリしたけど、ノート貸してくれたことが、すっごく嬉しかった」
今思えば、あのころの恋愛は単純だった。
ガイは相変わらず窓に顔を向けたままだ。
「ライブに誘われて嬉しかったのにさ、強がって憎まれ口たたいたな。けど、そいつは怒ったりしなかった」
「・・・・・・」
「1回だけ、ライブに行ったことあるんだ。そいつが来てくれって。直接言ってくれたんだ。跳び上がるほど嬉しくて。兄から似合いもしない服借りて行ったよ。でも、そのライブでそいつ、言ったんだ。大切な人がいるって」
一度は忘れようとしたはずの記憶は、風化もせずに鮮明だった。
「おれ、舞い上がってたんだよね。もしかしたら、付き合えるんじゃないかって。バカだよね。相手はノンケなのに」
そう。 だから告白なんてしなかった。
大切な友人。
それだけで十分だった。
切ない思い出が、「今」とシンクロする。
声が震え、目が熱くなってきた。
「進路で悩んでるとき、おれたちは約束した。一緒に大人になろうって」
おれを抱きしめてくれた中沢。
あれは嬉しかったから?
「卒業してすぐに、そいつは東京へ行った。おれ、見送ったよ。大切な友人だけど、もう、会うことはないだろうって思ってた。だから、忘れようとした」
そしてユウさんと出会った。
「──優しい人だったよ。大人で。けど、そんなに長くは付き合わなかった。海外へ転勤になっちゃってさ」
そしてまた一人になった。
「新しい人を見つけようとしたんだ。高校時代の友人は過去のことだって。忘れなきゃって。で、ある人とメールするようになったんだ。そして、会う約束をした」
少しずつ、『中沢』がガイへと近づいていく。
「待ち合わせの場所に来たのは・・・」
そして、『樋口』はヒロへと近づいていく。
「・・・高校時代の友人だった。・・・おれが好きな人だった。ゲイの掲示板で知り合ったんだ。その人はゲイになってた。名前は変えてたけど、すぐに分かったよ」
視界の滲む目に、『中沢』とガイが重なった。
「おれ、言えなかった。知ってるって。自分の本名も明かさなかった」
おれに気づかなかった『中沢』。
過去は「過ぎ去って」いたんだ。
そう思った。
溢れる涙を拭うことすら忘れた。
「おれはヒロと名乗って、その人はガイと名乗った。・・・ゴメン、あのとき、ちゃんと言っておけばよかったんだ。おれ、樋口だって」
「・・・・・・」
「──ゴメンな、中沢。騙すようなことして」




