追憶(5)
着替えをすませ、おれはダイニングへ。
テーブルには二人分の夕飯が用意されてる。
おれは4人兄弟の末っ子。
兄たちはすでに家を出て、上の二人は結婚してる。
だから夕飯はいつも二人。
父さんはいない。
只今別居中。
なにが不満なのか知らないけど、いつの間にか帰らなくなった。
今は生活費を振り込むだけ。
今日のメニューはカレーライスとサラダ。あと煮物。
それと、昨日おれが食べきれずに箸をつけなかった魚のフライ。
母さんの料理はいつもうまい。
けど、難点が一つ。
量が多い。・・・かなり。
体操をしてるおれを気遣ってくれてるんだろうけど、いつも食べきれずに残す。
中途ハンパに残すのもナンなんで、最初から箸をつけないことにしてる。
けど、今日は全部食べれた。
それだけじゃない。
「母さん、おかわり」
母さんの動きが止まった。
「え、なに?」
「おかわり、と」
母さんの目がとたんにウルウル。
「よっくんがおかわりなんて。母さんうれしい!!」
カレー皿を取ると、母さんは小躍りしながらご飯を盛りはじめた。
・・・いや、それは多い。
まぁいいや。言った責任は取るとするか。
この人がほんの数年前までは木刀と竹刀を持っていたとは、誰も思わないだろうな。
木刀と竹刀を持っていたのは、母の叔父さんが剣道のかなりの有段者で時々教えてもらっていたらしい。
「よっくん、今日はなんだか機嫌よさそうね」
「うん、まあね」
「彼女でも─」
「はずれ」
母さんが言い切る前に、おれは否定した。
「違うの?なんで彼女ができないんだろ。こんなにかっこいいのに」
「今はいらないよ。忙しいしさ」
「そう」
母さんはちょっと残念そうだった。
学校内でもよく見かける。仲のよさそうな男子と女子。
うらやましいなんて一度も思ったことがない。
おれにはやるべきことがある。
それが自分の意思じゃなくても、今はそれをやらなきゃいけないんだ。
体操と勉強。
それと母さんに心配させるようなことをしないこと。
それだけで精一杯だ。