3.推しと幼馴染
「ん?聞き間違いか?俺には凜が俺ん家に住むって聞こえた気がしたんだが?」
「そう言ったのよ。私たち同棲することになったの。」
俺は一瞬、頭がおかしくなったのかと思った。しかし、もう一回聞き返してみても凜からはさっきとほとんど変わらない言葉しか返ってこなかった。凜はそんなの当たり前じゃないか、みたいな顔をしている。いや、おかしいだろ。
「え!?え!?ど、どゆこと!?なんで?というか、なんで凜がそのこと知ってるんだ!?それにそんなの認められるわけないだろ!」
「あら?別に私たち幼馴染なんだから蓮のこと知っててもおかしくないじゃない。あと、ちゃんと許可はもらったわ。二人とも『家の凜をよろしくね!』だそうよ。」
「確かにいい...のか?いや!でもつい昨日の事だぞ!幼馴染だからって、さすが情報早すぎないか!?」
そう、いくらなんでも早すぎる。どこで知ったんだ?それに、なんでこいつはこんなに平然としてるんだ?俺と住む事になるんだぞ。普通に考えて年頃の男女が一緒に住むっていろいろ危ないだろ。あの人たち何考えてんだ?もし俺が紳士じゃなかったら手を出されてもおかしくないぞ。
「そんなこと、どうだっていいでしょ。それより、これからあんた家に住む事になるんだから、新しくいろいろ買わないといけないじゃない?だから今週末、買い物に付き合って頂戴。」
「そんなこと!?凜はどこまで俺のこと知ってんだよ!?」
「ふふ、殊勝な心掛けね。ありがとう。」
「聞いてくれない!もちろん手伝うけどさ!はぁ...はぁ...」
俺は息を切らしながらも承諾した。俺と彼女の温度差が激しすぎて風邪をひきそうだ。などとくだらない事を考えている内に、俺は呼吸を整え、このままじゃ俺のメンツが立たないので、ここは一発、意趣返しをすることにした。
「そういえば、凜。俺の部屋に引っ越してくるのはいいけどよ。」
「何かしら?」
「俺ん家もともと一人暮らしするような部屋だから、生活スペース以外に部屋は一つしかないし、お前の寝るとこなんてないぞ。」
もちろん嘘である。俺の両親、もとい元家族は裕福な方なので、そこらの賃貸よりもいいとこに住んでいる。もちろん、凜がそのことを知らないはずがないし、彼女もそう思っていることだろう。だが、凜は俺が一人暮らしをしていることも知っていても、家の中までは知らないだろうと思い、嘘をついた。
そうなると、必然的にソファか床に布団を敷いて寝るかのどちらかになる。しかし、気の強い凜がそんなの事、耐えられるはずがない。だが、一つだけそれを避けられるルートがある。いや、まぁ俺が譲ればいいだけの話なんだが...
「そう、なら一緒に寝ようかしら。」
その表情は完全に俺をからかっているものだった。俺はその言葉を聞いて内心、ニヤリとした。
「そうだな。それがいいかもな。」
「!!?」
凜は俺がここで動揺し、引いてくるのかと思っていたのか、俺の予想通りとても驚いた顔をした。文脈を見ると、半分、いや、ほとんど男が女を誘っているようにしか思えないが、ここで引くと仕返しにならないので、あまり考えないようにした。
そうしていると、彼女は顔を赤くし、慌てた様子を見せた。
「い、いくらなんでも私たちが幼馴染だからって、さすがにあぶないんじゃないかしら。それに、あんたが床で寝れば済む話じゃない!」
「確かにその通りだが、そもそも、お前から言ってきたんだぞ。」
「っ!?」
俺がそう言うと、凜は言葉を詰まらせた。彼女の名誉ことを思うなら笑わないであげるのがいいんだろうが、さすがにこれは耐えられない。でも俺なりにできるだけ彼女を傷つけまいと堪えるように小さく笑った。俺が勝利を噛み締めるのは、とても久しぶりだった。いつもは何かと負けることが多いので、今は本当に気分がいい。
とは言え、ずっとこうしてはいられない。
「さて、冗談はここまでにして、これからよろしくな、凜。」
「ふん!まぁ、蓮は放っておくとまともな生活しなさそうだし、しょうがないから世話してあげるわ!」
こうして、隣には推しのVtuber、そして幼馴染との同棲生活がスタートした。
ーーーーーーーーーーーー
帰り道、俺と凜は他愛のない会話をしながら、新しい家へ向かっていた。すると後ろから不意に誰かから声をかけられた。その声は篠原さんだった。
「おーい、高木くーん!一緒に帰ろ...ぅ...」
篠原さんは俺の隣にいる凜を見るなり、言葉を詰まらせた。そして少し俺を睨んできた。なんで?
どうしたのだろうか?凜の顔に変なものでもついていたのか?そう思って凜の顔を見てみた。でも見えたのは、幼馴染の俺からどう見ても整っていて、かわいいというより、美しいといった表現に近い顔立ちをしていた無駄が一切ないものだった。今思ったが、こいつも結構美人なんだよな。
「こんばんは、篠原さん。」
「あら、篠原さんこんばんわ。それに、私の顔なんか見てどうしたんですか?」
俺たちがそう言って挨拶をすると、篠原さんはすぐに元の表情に戻した。
「ううん、何でもないよ。それより、清宮さんの家って、方向逆じゃなかったっけ?」
「ん?知っていたの?でもそれを言うなら、私だけじゃなくて、蓮も一緒じゃないかしら?」
「確かにそうだったね。ごめんね、高木くん。」
「?あ、あぁ。別に構わないが。」
『・・・・・・』
そこで会話は途切れ、なんとも微妙な空気になった。俺は頭を悩ませた。朝、篠原さんとあんな約束をしておきながら、その日の内に違う女の子を連れ込んでるってなると、彼女からしたら「冤罪を晴らす気あるのか?」と堪ったもんじゃないだろう。
さらにこのまま凛と一緒に帰るってなると、凛と同棲することがばれて篠原さんとの協力関係に罅が入る。仮に、誤魔化せたとしてもばれるのは時間の問題。かと言ってこのまま止まっていても何の意味もない。
俺はそう結論を出し、これもう話してしまった方がいいだろうと思い、篠原さんに目配りした。彼女は俺の意図が分かったのか、覚悟を決めた表情で口を開いた。
「高木くん、清宮さん、とりあえず場所を変えて話をしない?」
「そうだな。俺もそれがいいと思う。」
「そうね。私も聞きたいことがあるし、とりあえず蓮の家にでも行きましょうか。」
そう言って、俺たちは歩き出した。
ーーーーーーーーーーーー
家に着いて、俺たちは俺と凜、正面に篠原さんという形で腰を掛けた。最初に口を開いたのは凜だった。
「まず、あなたたちの関係を聞こうかしら。」
凜は厳しい声で言った。篠原さんは凜の剣幕にあてられたからか、少し肩を上げ、震えた声で喋った。
「そう、だね。わたしと高木くんは一言でいえば、協力関係って言ったらいいのかな。」
篠原さんがそう言うと凜は、俺に「本当か?」といった目を向けてきた。篠原さんが言ったことは本当だし、今更隠すつもりもないので、とりあえず俺は頷いておいた。
俺の様子に凜は、「そう。」とだけ呟き、視線を篠原さんに戻した。
「その協力関係っていうのは、蓮の冤罪に関わることかしら?」
『!?』
昔から察しのいい凜だが、一瞬でそこまで見抜いてくるとは思わなかった。そして俺たちの反応を見て、凜は完全に確信したようだ。すると彼女はさっきのまでの厳しい表情をわずかに緩め、優しい声で話し出した。
「篠原さん、あなたのことを考えれば、あなたを責めるべきではないし、それが間違いだってわかるわ。でもね、もう少し早くして欲しかった。そうすれば、蓮もまだ救われたし、こんなことにまでならなかった。」
「うん...」
篠原さんはくらい表情をし、顔を俯かせた。その様子に俺は凜を責めるわけではないが、篠原さんは俺みたいな人間じゃないんだから少し酷だろと思うと同時に、今、口をはさむべきではないと思った。
「だけど、感謝していることもある。こうして、篠原さんと話すこともできたし、なにより、(蓮ともっとたくさんの時間を過ごせるようになった。)」
そう言って、凜は耳を赤くしていた。最後のほうは俺は難聴系鈍感主人公だし、俺のためにも、聞こえないことにし、見なかったことにした。凜からしてもあんな恥ずかしいこと聞かれたくないだろう。
そんな俺たちをよそに篠原さんはいつの間にか顔を上げて、その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「ありがとう。清宮さん。こんなことを言うのはまだ早いけど、わたし、向き合って良かったよ。本当にありがとう!」
「そうね。まずは冤罪を晴らしてからよ。」
『ふふ』
そう言って、二人は笑いあった。そして篠原さんはなにか、思い出したように喋りだした。
「そうだ!わたし、清宮さんのこと『凜ちゃん』って呼んでいい?」
「えぇ、構わないわ。その代わり私は『美月』って呼ぶことにするわ。」
「やった!これからよろしくね凜ちゃん!」
「よろしく。美月。」
どうやら、今日だけで名前呼びし合うほど仲良くなったらしい。
「あ!あと!わたし、負けないから!」
「上等よ。こっちは歴が違うから。」
「ふん!そうやって、うかうかしているに取っちゃうから!」
「ふふ、それは無理ね。」
「なんで、断言できるの!?ずるい!」
などと、あーだ、こーだ言い合って、このあと、俺をよそにこの口論は長く続いた。
なんか思ってたより展開がハイペースになってしまいました。
処女作なので大目に見ていただけるとありがたいです。
面白いと思ったらブックマーク、評価の方よろしくお願いします!
また、誤字や感想などありましたらどしどしコメントください。励みになります。
応援のほどよろしくお願いします。