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2.協定と爆弾

「篠原さんってさ、配信とかやってたりする?」


 俺がそう言うと、篠原さんは目を見開いて、驚愕した様子でこちら窺った。しかし、すぐに平静を装ってキョトンとした顔になった。一瞬の事だったが、俺はそれを見逃さなかった。


「配信?それって、『watch』のこと?ううん。やってないよ。」


「そうか。なら、Vtuberの七雨 レイって知ってるか?彼女は俺の推しなんだ。その推しと声が似ている気がしてな。これでも彼女が同接10人くらいだったときから見てきたからそこらのファンよりも彼女の声を結構聴いている方なんだ。配信がある日は必ず10分前には待機してたし、配信がない日でもアーカイブを見返したりして、その度に癒しをもらっている。特に朝の雑談配信が好きで彼女のおかげ平日でも休日でも関係なく、早起きができるようになった。炎上したときは悲しかったな。同志たちは少し離れていったがそれでも応援していた。ほんとに()()()()()()()()()、必ずいい事ばかりではないが、かなり前向き?になれた。彼女には心から感謝しているよ。ありがとう。」


 オタク特有の早口になってしまったが、そう、篠原さんは俺が推しているVtuber、七雨 レイの声にどことなく似ている。今さっき初めて話したが、こんなに近くで喋ったら、生粋のオタクの俺ならすぐにわかった。だが、まだ確信できる段階ではない。


 俺がそんなことを考えてるうちに篠原さんは、そんな俺がきもかったのか、それとも彼女の核心をついていたのかは分からないが、少し頬を引きつっていた。


「そ、そうなんだ。し、七雨レイさん?だっけ?なんでわたしにありがとうって言ったのかは分からないけど、その人のおかげで高木くんにもいい変化があったんだ。それは良かったね!そう言ってもらえるだけで、本人もうれしいんじゃないかな。」


 と、篠原さんは他人事のように言った。


 あくまでしらを切るつもりのようだ。さすがこの業界を長くやっていることだけはある。普通ならファンが推しの個人情報を知っていることはまずいことだし、さらにそれを認めるとただ事じゃすまないからな。だが、俺は面倒ごとになることは嫌いなのでそんなことはしない。


 俺はさらに核心をつくように言葉を出した。


「篠原さん、俺は人の秘密を誰かに安易に話したりしない。俺が篠原さん(推し)から元気をもらっているように俺も篠原さんを元気づけたいし、話を聞きたい。篠原さん、俺を見てからどこか暗い気持ちを隠してるんじゃない?俺から実際に話を聞いてからそれも増した。違う?」


「!!?」


 俺がそう言うと、篠原さんはかなり驚いた表情を見せ、今までの気持ちが溢れたかのようにまた泣き出し、これまでで一番強い感情がこもった声で言葉を吐いた。


「わ、わたし、あの時、自分のイベントがあって、電車に乗ったの。そしたら後ろから、急に、誰かに触られて、ほんとに怖くって、何もできなかったの。でも、高木くんと目が合って、その目が優しくて、わたしを助けてくれるって、わかって、とてもうれしかったの。」


 でも実際はそうじゃなかった。


「でも、わたしが自分から声を上げたら、あんなことにならなくって、高木くんがひどいことを言われることもなくって。これが全部、わ、わたしのせいだって思うと、一番つらいのは高木君のはずだって分かってるんだけど、ほんとうに苦しかった!」


 篠原さんは言い終えると、話したかったことを全部言えたのか、少し落ち着いた様子を見せた。


「そうか、話してくれてありがとう。篠原さん。そして、ごめん。俺は自分が思っていたより、事態を軽く受け止めていた。だが、それが篠原さんをこんなにも追い込んでいたとは知らなかった。本当にすまなかった。」


 心からの謝罪を口にした。俺はこの前のことを自分がこういった扱いを受けるのは理不尽だが、こういうものか、と割り切ってしまっていた。だが、それは篠原さんから見ると、自分のせいでこんなことになっているのと同義であり、当然、罪悪感が募っていく一方だ。そんなの俺みたいな人間でない限り耐えられるはずがない。だからこんなにも涙を流している。だから俺は、心からの謝罪をした。


 そんな俺の様子に、篠原さんは一瞬ポカンとした表情をし、優しく笑った。その笑顔は夕日が反射していて、とても絵になった。


「高木くんは優しいんだね。ここまで自分で勝手に落ち込んでわがままを言ったのに、高木くんは悪くないのに謝って。」


「俺は、そんなんじゃない。確かに、あのことに関しては俺は全く悪くないと思っている。だが、そこから起こったことに関してはもう少しやりようはあったのではないかと思った。だから謝った。」


「ふふ、やっぱり優しい。」


 そう言って、なにか決心した様子で頷いた。


「改めて、わたしはVtuber、七雨 レイをやっている篠原 美月といいます。これからよろしくね。高木くん。」


 ーーーーーーーーーーーー


 あの後、俺は「改めてよろしく。」とだけ言って、本来の目的であった挨拶を済ませ、帰ろうとした。だが、篠原さんが


「待って!もっと聞きたいこともあるし、少し話そうよ。」


 と少し照れた様子に上目遣いで言われたので、断るに断れなかった。そこから「どうやって自分のことを知ったのか」、「どうして、自分が好き(推し)になったのか」などいろいろ聞かれ、結局、一時間くらい話し、最後に連絡先を交換してその日は解散することになった。


 俺は自分の部屋に帰るなりソファに腰を掛け、今日あったことを改めて思い出した。


『・・・俺たち()()()()に関わるな、迷惑をかけるな。』


『さっさと出て行って!はぁ、あんたがいなくなって清々する!』


『こんな奴、私の子供じゃないわ。』


 家族からは追い出され、


『なにそれ!?一緒に暮らしてきた家族じゃないの!?なんで信じてあげられないの!?そんなのひどすぎるよ...』


『私のせいだって思うと、一番つらいのは高木君のはずだって分かってるんだけど、ほんとうに苦しかった!』


 篠原さんと出会い、たくさん話した。


 ほんとにあの日以来の濃い一日だったと思った。あの日から俺の日常はガラリと変わって、いろんなことがあって、今日篠原さんと出会って、彼女の思いを聞いた。また、彼女が俺の推しであることが分かったり、さらに、改めて事の大きさを認識した。


 ふと、俺は篠原さんは何故、Vtuberを始めたのか、何故、一人暮らしをしているのか、などたくさん疑問が浮かんできた。


 だが、疲れがたまっていたのか、眠くなってきたので考えるをやめ、適当にご飯を食べ、風呂に入り、寝ることにした。


 ーーーーーーーーーーーー


 次の日の朝、いつも通り学校はあるので、俺は行く準備を終え、扉を開けるとそこには篠原さんがいた。


「おはよう!高木くん!今日は天気がいいね。」


「おはよう。篠原さん。それにしても朝から元気だね。」


 篠原さんは笑顔をこちらに向け、元気な声であいさつをした。昨日初めて会ったばかりだが、心の内をさらけ出したからか、彼女はどことなくスッキリとした表情をしていて、距離が近くなった気がする。


「と、ところで、嫌だったら断ってくれていいんだけどさ、一緒に学校行かない?」


 今度はなにやら緊張した様子で少し顔を赤くしながらそんなことを言った。俺としては別に構わないのだが、それはそれで彼女に迷惑が掛かってしまうのではないのだろうかと思い、俺はここで妥協案を出すことにした。


「いいぞ。でも、学校まで一緒ってなると篠原さんにも迷惑がかかる。でも、途中までならいいんじゃないか。」


「本当!?やった!あっ!でもわたしは迷惑だなんて思ってないからね。そこだけは勘違いしないでね。」


 篠原さんは俺の返答に嬉しそう笑った。そして今度はなにか真面目な表情をつくった。


「それと、冤罪の件だけどさ。」


「?」


「わたし、高木くんの冤罪を晴らすの、今まで以上に頑張ってみようと思う。昨日までは、あの日の事を思い出すだけで怖くてほとんど何もできなかったんだけど、高木くんと話してなんだか心が軽くなった。だからこそ、自分以上にひどい目に遭っている高木くんをこれ以上放っておけないって思った。」


「だから、高木くん。協力しよう。」


 俺はその真剣な眼差しに驚くと同時に困惑した。俺は彼女がトラウマと向き合うのに、どれだけの勇気を必要としたか、彼女のその表情からひしひしと伝わってきた。だが、俺からしたら昨日のやり取りで、なにが彼女をここまで変えたのかよくわからなかった。でも、これを断るのはなんだかいけない気がした。


「分かった。というか本来はこっちから頼みたいことなんだがな。そう言ってくれると嬉しい。こちらからもよろしく頼む。」


 俺はそう言って、手を差し出した。


「うん!頑張ろうね!」


 篠原さんは差し出した俺の手を握り、笑顔で答えた。


 そうしていると、そろそろ学校に行かない時間になってきたので、手を放そうとすると、篠原さんが「もうちょっとこのままで...」と赤い顔でそう言ってきた。手フェチでもあるのだろうか。少し手を堪能させてやり、放すと「あっ...」と言い、物寂しそうな表情をした。俺の手はそんなにいいものか?


 そうして俺たちは学校へ向かった。


 学校まで人通りが多くなる前に俺たちは約束通り途中からそれぞれずらして登校した。


 こうして俺と篠原さんとの間に、協力関係が結ばれた。


 ーーーーーーーーーーーー


 しばらくして、学校に到着して教室に入ると、そこには何やらいつもより不機嫌そうな雰囲気を纏って待っている幼馴染がいた。


 俺は凛の機嫌を窺うようになるべく優しい声で声をかけた。


「おはよう、凛。本日はお日が...」


 俺がそう言いかけた途中で言葉を切らされた。


「おはよう、蓮。ところで、なんで私がこんなに機嫌が悪いか分かるかしら?」


 凛は機嫌が悪いことを隠すことなくそう告げた。ふむ、心当たりがないといえば嘘になるが、昨日まで毎朝一緒に登校していたからそれだろうか。でも一日、一緒じゃなかっただけで彼女がそんなに怒るか?などと思考を巡らせていると、俺のそんな様子に、ため息をついた。


「まぁいいわ、明日からはあんたの家の前で待つ必要も無くなるし。」


 どうやら、俺の予想はあっていたらしい。そうなのか、ん?今、なんて言った?


「私、今日からあんた家に住む事になったから。よろしく。」


 凜は何でもないように爆弾発言をした。










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