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【序章】戦士と商人が追放される話

【序文】

とある剣と魔法の世界、そこはいま悪しき魔王の脅威に晒されている。魔王は配下である魔物たちを次々と生み出し、その軍勢を持っていくつもの国家を滅亡に追い込んできた。人類はまさに魔王によって絶滅の危機に瀕しているのだ。


そこで各地より立ち上がったのが冒険者たち。彼らは魔物と戦うためのすべを身に着け、パーティやギルドなど規模に応じたグループを作り、日夜戦い続けている。


彼らの使命はただ一つ。魔物たちとその根源である魔王を討ち果たすことである。







【夕刻――ディーチ連邦共和国、アルフシティ、宿屋ラムカットINN 302号室】


重い空気の中、テーブルを隔てて二人が座っている。一人は冒険者然とした私服に身を包んだ青年、もう一人はタンクトップの屈強な男。


見た目に違わぬ快活な性格なのであろう男は、この空気に耐えられないとばかりに青年に向かって口を開く。

「……なあ、早く話してくれよ。」


「…………」

青年は黙り込んでいる。


「お前が俺に話があるって言ったんだろう?……はは、何でずっと黙ってんだよ。」

「…………」

男は精一杯の笑みを込めて語り掛けるが、青年は黙ったままだ。


「……にしても、あいつらえらく帰りが遅いな。俺ちょっと外へ様子見てこようかな。」

「…………」

"あいつら"とは、パーティの他の仲間二人だ。二人ともちょっとした買い出しと言って部屋を出ていき、もう長く帰ってこない。


「……なあ、なあって。話があるんだろう?」

「…………」

「そんなに話しづらいか?俺たち結構仲良くやれてたと思うんだけどな。」

「…………」

「最近じゃお前、俺に影響されたとかって体鍛え始めてさ。会ったばかりの頃より随分筋肉もついて来たよな。」

「…………」

「さすが打倒魔王を掲げる勇者様ともなりゃ、そんじょそこらの魔物にひいこらしちゃいられねえよ。継続は力なりってやつだ。やっぱり良い男には良い筋肉さ。ははは……」

「…………」

「なぁ、ほんと勘弁してくれよ。こういう空気苦手なんだよ。早く話してくれよ。」

「今日限りでパーティを抜けてくれ。」


「………………は?」

「今日限りでパーティを抜けてくれ。」

「いや、え……?」

「今日限りで、パーティを、抜けてくれ。」




言った。


青年は真っ直ぐな目で男へ言い放った。

「抜ける?俺が?パーティを?」

「ああ。」

男はしばらく目を右往左往させた後、さらにしばらく目を強く閉じて何か考え込むような表情を見せた後、ようやく口を開く。


「……っわ、わけを聞いてもいいか?自分で言うのもなんだけど、俺はパーティには必要な立ち位置だと思ってる。」

「ああ。立ち位置で言えばそうだな。お前はジョブで例えるなら『戦士』タイプだ。持ち前の屈強な筋肉と優秀な武器・防具で敵を引きつけ前線を維持し、その隙に攻撃に特化した俺が敵を叩く。」

「そう、そう!それだ。ジョブとかいうのはよく分からねえけど、俺の筋肉無くしてパーティは成り立たねえはずだ。そんな俺がどうして」

「金がない。」

「……は?」

「金がない。」




"ジョブ"とは冒険者の戦闘における適正を表したものである。高い戦闘力で敵を倒す『アタッカー』、継戦力で戦線を維持する『戦士』、魔法で補助を行う『魔術士』など多岐に渡る。


中でも戦士はその性質上、本人の能力だけでなく武装も質の高いものを揃えねばならず、さらに個々の装備品も激しい戦闘による消耗でメンテナンスや買い替えが頻繁に起こる。故に戦士を抱える小規模なパーティは資金難に陥りやすいのだ。


「はっきり言おう。お前は考えもしなかっただろうが、このパーティの資金繰りは既に火の車だ。このままでは破産してしまう。」

「破産って……いやいや、だって今までそんな話聞いたことも……」

「言ってたぞ。お前が難しい話をスルーしてただけだ。」


「あー……まあ確かに金の計算とか分かんねえもんな俺……」

「お前が"分かんねえ"と言って何も知らないままでも今までは何とかなってたが、もう限界だ。お前を養うほどの財力はもううちにはない。」


「いやいやいや……嘘だろ?だって長いこと一緒にやってきたじゃねえか。もうパーティ結成して何年だ?……あー、1年ぐらい?1年は行ってないか。」

「俺ももっとこの問題を重要視すべきだったと反省してる。」


「ちょっと待ってくれよ……俺にも夢があるんだよ!俺はずっと"勇者"と一緒に冒険して、そしていつか魔王を倒すんだって、故郷に一人残してきた妹と約束したんだ!何とか、何とかならねえか!」

「あー、それなんだが……」

「それ?それってどれだよ。」


「お前、結成時からずっと『勇者と一緒に戦いたい』と言ってたが、もしかして俺のことを勇者だと思ってるのか?」

「……は?」




男はあまりの驚愕に思わず席を立ち、無表情の青年を凝視する。

「俺は勇者じゃない。そもそもお前、勇者がどういうものか分かってるのか?」

「いや、どういうものかって……その……」


青年は大きくため息をつく。

「まあ法的に定義づけされてるわけじゃないが、『勇者』っていうのは魔物と戦う冒険者の中でもとりわけ『魔王を倒すことを目的としたエリート』のことだ。」

「ああ。」

「だが俺はそんなエリート連中ではないし、そもそも魔王討伐なんて目標にしていない。フリーのパーティとしてコツコツ仕事をこなし、チャンスがあればギルドに拾ってもらって安定した冒険者業を営みたいと思ってる一介の社会人だ。」

「社会人て。」

「お前以外は全員そうだぞ。」


「でもこのパーティに入ったとき、お前のことを勇者だと言われたぞ。」

「言われたってそれ仲介業者にだろ?えーっと何だっけあそこ……」

「パーティ・ベスト・マッチング!」

「それだ。……そういうのは覚えてるんだな。とにかくそういう仲介業者に俺が勇者だとか適当吹かれたんだろ。」

「確か『今はまだ小規模な冒険者として活動してるけどいずれは勇者として冒険に出ることを目標にしてるらしい』とかなんとか。」


「さっきも言ったが勇者ってのは法的に保証されてるものじゃないし、なるのに必要な技能や資格とかもない。だからド田舎から出てきた青臭いガキでもそいつが勇者って名乗れば勇者になれる。」

「今俺のこと馬鹿にしたか?」

「逆に言えばタチの悪い仲介業からすると『法的にはっきりしてないが無知な人間へ紹介するには便利な宣伝文句』だ。お前はまんまとそれに引っ掛かったんだよ。……そこに仲介手数料払って何も考えずお前をパーティに入れたうちも似たようなもんだけどな。」

「えぇ……」



男はバツが悪そうに頭を搔く。何とか追放を免れることは出来ないかと少ない知恵を絞っているようだが、青年の表情は揺るがない。

「……まあ、まあ!言いたいことは分かった。でも今すぐ抜けろってのは横暴じゃないか。そこから先俺の冒険者業はどうなる?」

「知らんよ。こうなることを想定してなかった方が悪い。冒険者パーティなんて明確に雇用契約が結ばれるわけじゃないんだから入れるも追い出すも自由だ。」


「お前らだってどうする気だ。俺とお前の他には魔術士が二人。今まで戦士ありきの戦いしかしてこなかったのに俺がいなくなっちゃ仕事にならねえだろ?まさかあの3人でやっていくつもりか?言っちゃなんだがバランスが悪すぎて長続きは……」

「もう既に新しいメンバーは決まってる。」

「……は?」




青年はおもむろに立ち上がると、部屋に備え付けられたトークマシンを手に取り、何かの番号を入れ始める。魔術を利用した通信技術が確立された現代、このようにトークマシンを介することで特定の番号で繋がった相手と離れた場所から通話することが可能なのだ。


青年は受話器に向かって、先ほどよりもやや軽快な口調で話す。

「お待たせ。入ってきていいぞ。」

それからしばらく後、部屋のドアを開けて現れたのは異国風の戦闘服に身を纏った17歳ほどの小柄な女性であった。

「……こいつは?」

「こいつ言うな。新しいパーティメンバーだ。東洋武術に長けた武闘家で、優秀なアタッカーになる。」


「アタッカー?おいおい何言ってるんだ。パーティに必要なのは継戦力のある戦士だろ?」

「ああ。その役は俺が担うことにした。」

「……は?」

「俺、ここ数ヶ月ずっと体鍛えてただろ?やっとお前も認めるぐらいの筋肉を得られた。お前は筋肉のことだけは信頼できるからな。これで俺も戦士を担える。」


「担って……どうするんだよ。」

「俺が戦士として前線を維持し、その間にアタッカーの彼女が素早く正確に敵を倒してくれる。」




本格的に立場の危機を感じたか、男の手に力が入り、汗と血管が浮き出る。

「……へ、へへ。素早く正確に?こんな細腕の女の子にそんなことできるわけないだろ?……このッ!」

男は両腕を振り上げると、そのまま女武闘家のほうへ向き直り掴みかかる。しかしそれは空をかすめた。素早く側面へ回り込んだ女に腕を掴まれ、パンチの勢いに乗せるように投げ飛ばされる。


それでも何とか無理やり体制を立て直し再び飛び掛かるが、またも受け流された上に今度はがっちりと腕を固められ、秒も経たないうちにパンチ2発、掌底打ち2発。それでよろけた顎へ最後にしなやかな脚による蹴りを決められ、男はあえなく吹っ飛ばされてしまった。


「うがァッ!?」

男は訳も分からないまま壁に叩きつけられ、座り込んでしばし悶絶したあと二人の方を見る。女は冷たい視線を男の方へ向け言い放つ。

「オマエ、弱いネ。」

「何で……何で俺の鍛え上げた筋肉が……」


二人の立ち回りを見ていた青年は両手を上げて『ほら見たことか』というポーズを取った。

「スキルの差だよ。」

「スキル……?」

「技術さ。戦闘を迅速かつ確実に勝利へ導くための知識、能力、経験。これらはただ体を鍛えてただけの人間相手なんて簡単に凌駕する。」


「技術なんて実戦で学んでいくことじゃねえのか?」

「いつの時代の話してんだ。街を歩けば戦闘技能の訓練校なんてそこら中にあるぞ。中には資格試験までサポートしてくれるところとかもな。」

「オマエが、知らないだけヨ。」


「でも……でも結局お前が戦士をやるなら金がかかるのは変わらねえじゃねえか。俺が抜けたって何も」

「だから何度も言わせるなよ。スキルの差なんだって。俺はお前より筋力はないが、戦闘におけるスキルはかなり上だ。その俺が戦士をやったほうが、お前がやるよりも装備運用の面で効率的だと判断したんだよ。」




「………………」

ついに男は黙り込んでしまった。青年は脇に置いてあった小袋を手に持ち、男へ手渡す。

「500Gある。安宿なら2泊分にはなるはずだ。明日の朝、こいつと自分の荷物を持って出て行ってくれ。」

G(ゴールド)とは通貨の単位であり、滞在国だけでなく様々な国の共通通貨として使われている。


「………………」

「使ってた武器と防具も持って行っていいぞ。俺じゃサイズが合わんからな。」

「………………」


明日の朝、と言った青年の言葉も聞かず、男はいたたまれなくなったか自分の荷物と装備を手に部屋を去っていった。青年はそれを見送った後、再びトークマシンを手に通話を始めた。外で待っていた他の仲間たちへだ。


「戻ってきていいぞ。……ああ、ああ。分かってる。次からは気を付けるよ。……はぁ、仲介屋なんて使うもんじゃないな。」







【同刻――同国、同市、ホテル・アルフグランドパレス 1603号室】

煌びやかな一室、上質なリラックス・ローブに身を包んだ青年がテーブルを前にソファへ腰かけている。そこへ一人の妙齢の女性が入室し、対面のソファへ座った。重い空気が漂う中、女が青年へ問う。


「用っていうのは?」

「………………」

「何黙ってんのさ。今日一日ずっと思いつめたみたいな顔してたけど、何かあったのかい?」

「……先日、入団エントリーの結果が来た。」

「結果って……!勇者ギルドかい?」

「ああ。」


"入団"とは、意味は多岐に渡るがよく使われる意味合いとしては『ギルドへ所属すること』である。ギルドは国の認可を受けた法人に区分され、中でも冒険者の活動をマネジメントや広告宣伝などにより支援することを主な事業としている組織を表す。


一般的にはパーティと違い、ギルド側と冒険者側には明確な契約が存在し、両者で雇用や業務提携が行われるため法的拘束力を持つ。それゆえに入団はフリーパスではなく、エントリー書類や面接などを通して実績や人柄などが厳しく審査されるのだ。


これによってギルドに所属する冒険者たちは実際に仕事を依頼するクライアントからも信頼されやすい。これがフリーの冒険者とは違う大きな持ち味である。


中でも『勇者ギルド』は世界的にトップレベルの実力を持つ勇者のみを擁する巨大ギルドであり、数多の冒険者たちの憧れの的となっている。当然入団難度も最上位であり、並大抵の実力ではその狭き門を叩くことすら許されない。


「……その様子だと良い返事ではなかったみたいだけど、にしてもどうしてあたしにだけ伝えるんだ?」

「勇者ギルドからの返事は『合格』。しかし……条件があるとのことだった。」

「条件?」

「君を、パーティから脱退させるようにと。」

「……は?」




言った。


青年はうつむいたまま淡々と告げる。女は狼狽える様子を見せず、詳細を問うた。

「そりゃつまり、他のメンバーは合格であたしだけが不合格と?」

「そう、なる……そして、君がパーティに残るのであれば所属の話は無かったことにと。」

「……何故か分かるか?」


「君のジョブ傾向は『商人』だ。主にパーティの金銭やスケジュールの管理。売買における目利き、出資者への宣伝などを担ってくれたな。」

「ああ。」

「ギルドに入るにあたり、それらの業務はパーティに専属で配置されるマネージャーが担うとのことで、君の立ち位置はパーティに必要ないと」


「待ちなよ。専属のマネージャーを就かせずにパーティメンバーが引き続きマネジメントを行うケースだってあるはずだ。その辺の下調べは抜かりなかったはずだよ。」

「ああ……まあそうなんだが……」

「……それだけが理由じゃないんだろう?いいよ。教えてくれ。」


青年は顔を上げ、女の方をしっかりと見ながら話し始める。

「彼ら曰く『採用審査にあたり、各メンバーの経歴を精査した』とのことで、その内のいくつかは事実確認のためリーダーである僕に伝えられたんだ。」

「…………」

「……すまない、仲間のこととはいえ、偽りを伝えるわけにはいかなかった。」




勇者ギルドは唯一国家から独立したギルドであり、主要各国との協力によって運営されている。ゆえに情報網も並のギルドをはるかに凌ぎ、それらを利用してエントリー者の経歴を調べ上げることがある。輝かしい実績もあれば、本人がひた隠しにしたい過去まで。


女は一瞬視線を下げ、そのままソファの背もたれへ勢いよく身を委ね、大きくため息をついた。青年の方も再びうなだれたような姿勢になる。

「僕も何とかならないかとこれまで交渉を重ね手を尽くしたんだが、どうにもならなかったんだ。」

「まあ、確かに心当たりはいくつもある。下手にべらべらと喋るもんじゃないな。」


女は再び姿勢を正し、考え込むように顔を傾ける。

「……冒険者でなくとも、ギルドのマネージャーとしての採用は……いや、無理だな。」

「君の場合、マネージャーはもちろん一般職員としての採用枠も募集要項を満たせていないんだ。」

「ああ、だろうね。」


「基本的にギルドが指定したいずれかのアカデミー、カレッジを一定条件を満たしたうえで修了、さらに枠によっては資格や、年齢も条件となる。」

「随分詳しいじゃないか。」

「言ったろう、手を尽くしたって。」




「……それで、あんたは。」

「……え?」

「……あんたは、どうしたいんだ。」

「…………」

「…………」


「………、……いや、悪かった。今の質問は忘れてくれ。」

「……すまない。」


「条件は二つだ。一つ、このパーティの全資金のおよそ1/4である50000Gをあたしに譲渡すること。二つ、……仲間と一緒に、必ず魔王を倒しな。」




そして女は消えた。青年はしばらく虚空を見つめた後に部屋のドアを開け、その先にいる他の仲間たちへ告げた。

「聞いてくれ。良い知らせと残念な知らせがある。」







【夜刻――人気のない路地】

暗い夜。外はしきりに雨が降っていて、月明かりはない。魔術駆動の自動車が車道を走る音も、この時間はまばらだ。点々とした街の明かりが滲む道を傘もささず、女はただ一人どこに向かうともなく歩いていく。手には金と小物が入ったバッグが弱々しく握られている。視界は灰色。


街灯でぼんやりと照らされた空には石やレンガ造りのビル群や尖塔の影が立ち並ぶ。……冷えた夜だというのに、どうして頬を伝う雨はこんなにも温かいのだろう。そんなことをぼんやりと考えながら歩を進めるたびに、空の大きな影はその様相を変えていく。




いつの間にか彼女は大きな橋の下、雨で足を速める川が間近に見える砂利道を歩いていた。このまま急流に身を任せて本当に消えてしまうのも、それはそれで悪くないかもしれないと思い始めたとき――


「……あんた、何やってんの。」

そこには目を見張るほどの隆々な筋肉にタンクトップのみを纏い、橋の柱を背もたれにうずくまって滝のように涙を流しながらベソをかいている謎の男の姿だった。ふと視線を下げると、『拾ってください』と下手な字で書かれたプレートが置かれている。


男は涙目のまま女の方を見る。何も言わず、あるいはしきりに鼻水としゃっくりが出てきて喋れないのかもしれない。女はふと興味を持ち、男の正面に立つ。

「ひょっとして、パーティを追い出されたクチか?」

男は黙ったまま頷く。

「おおかた、お前のポジションは他の奴でいいとか言われて。」

男は頷く。

「実力はあるはずなのに経歴が邪魔したりして。」

男は首を振る。

「そこは違うんだ。」


女は何だか男の姿に面白さだけでなく同情や共感に似た気持ちが芽生えていた。おもむろに男の隣へ座りこみ、不安と安堵が混ざったような溜め息をつく。男はそれにやや驚き、怪訝そうな表情を向けた。

「怪しいもんじゃないよ。あたしも同じようなもんでさ。お互い馬鹿なもんだ。」

「…………」

「ままならないな、社会ってのは。必死にもがいてやっとの思いで手にしたと思ったチャンスも、ちょっとしたことで簡単に離れていっちまう。」

「…………」

「商人の取り得なんて金とコネぐらいだ。一人で放り出されちまったら冒険者としちゃ終わりだよ。こんなことならもっと戦闘のスキルも身に着けておくべきだった。」

「…………」

「まあ、正直もうパーティを組む気にはなれないから、そうなると小さな商売でもやりながら地に足つけて細々と生きていくしかないのかね。」

「……金が、あるのか?」

「ん?」




ふと見ると、男はいつの間にか泣き止んでおり、真っ直ぐとした目で女の方を見つめている。すると突然、男は女の両手を自分の両手で包み込むように掴み、顔を近づけた。驚いた女は思わず身を引き眉を顰めるが、男から放たれた言葉はこれまた予想外のものだった。


「俺とパーティ組もう!」

「……はぁ?」

「俺と、パーティを組もう!!」

「……いや、さっきの話ちゃんと聞いてたか?あたしはもうパーティなんて御免なんだよ。」


「ならコンビだ!」

「はあ?」

「パーティがダメならコンビを組もう!ドラマとか小説であるだろ?」

「呼び方が違うだけだろうが!」


女は男の手を振り払い、立ち上がってその場を去ろうとする。しかし、直後に男の悲しそうな声が響いた。

「頼む!お願いだ!俺と組んでくれ!あんたと一緒なら上手く再出発できそうな気がするんだ!俺、筋肉しか取り柄がねえけど、それでもこんなところで諦められねえ!頼む!力を貸してくれよ!」




振り返ると、男は泣きながら土下座をしていた。雨の降りしきる中、筋骨隆々の男が土下座までして頼み込んでいる。その何ともみっともない有様に、何だかいたたまれない気持ちになった女は、ゆっくりと男へ近づいていった。


「あんた、名前は?」

男は顔を上げる。

「名前。教えておくれよ。」

男は絞り出すように女へ名を名乗った。


「アーサー……アーサー・プロジェット!!」

その名を聞いて女はその場にしゃがみ込み、目線を合わせ口元だけで笑みを向けた。


「……イリーナ・クリシェだ。」

「イリーナ、いい名前だな!」

女は男の手を取って立ち上がらせ、膝に着いた砂利混じりの水を払い落としながら語り掛ける。


「一度だけ、二人で仕事を受けてやる。そこから先組むかどうかはその仕事で決める。OK?」

「OK!精一杯頑張ろうぜイリーナ!パーティ……いや、コンビとして!!」

「追い出されたばっかりで元気なやつだな。その元気さと筋肉だけは一人前だ。」




ひとまず今夜は宿を取ろうと話し、二人は街の方へ歩いて行った。雨はいつの間にか止んでおり、月明かりが空を照らしていた。

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