8.ドキドキハラハラ?夕食会
少し遅れました。
「リーロット様、ご夕食の準備ができました。」
「え、あ、はい・・・。」
メイドさんに案内され、食堂に向かった。
「では、こちらにお座りください。」
「・・・。」
無言で座った。なぜなら俺の向かいに座っている人は、
「君がリーロット君、か・・・。娘が世話になった・・・。」
少しくすんだ金髪、鋭い碧眼、質素だが小綺麗な格好の偉丈夫。この人は
『シルバディ・フロイライン』、つまりフロイライン男爵だ。
「あ、いえ・・・。」
「そう固くなる必要はない。礼儀作法についてとやかく言うのは嫌いでな。」
「そ、そうですか・・・。」
「さて、食事にしよう。娘もそろそろくる。」
男爵がそういうと、トーニャが入ってきた。昼時の軽装ではないがそれでも華美とまではいかない貴族の着る服にしては落ち着いた印象のドレスだった。
「もぉ、ルータてば、私はこんなの着なくてもいいって言ったのに、・・・。あ、お父様、お久しぶりです。」
「ああ、トーニャ。久しぶりだな、私の不在の間に何かあったかな?」
「それは、お父様の方がご存じなのでは?」
「ハハハ、そうだな。まあ、そのことは今は置いておこう。」
チラリと男爵が小さいドアに目を向けるとその瞬間、皿を載せた台を転がしてきた。
俺の目の前に出されたとき、少し驚いた。
「どうかなリーロット君?君にとっても馴染み深いものだろう。」
「これって、あのおっちゃんの串焼きじゃ・・・。」
「ああ、メイド長には随分と無理を言ってしまったが、買ってきてもらった。」
おいおい、なんでこんなところで出てくるんだよ・・・。
「ハハ、不思議そうな顔をしているな。」
「そ、そりゃそうですよ。なんでギルドの前の屋台に売ってる串焼きを・・・?」
「簡単さ、この街に来た冒険者は誰でもあの店主の牛串焼きを買い、そして食べる。私もかつてそうだったからな。」
かつて、って・・・。
「男爵は冒険者だったんですか?」
「フロイライン家の慣わしでな、誰であれ冒険者となり、温室育ちのままでは知れない生を知ることを課せられる。」
「は、はあ・・・。」
「これは・・・美味しそうですね。」
トーニャの口端に涎の雫が見える。
「トーニャ、涎は拭け。みっともなく見えるぞ。」
「あ、はい。」
「では、いただこうじゃないか。」
串を持ち上げる。皿にポタリと肉汁と漬けダレが滴り落ちる。まだ温かい。いいにおいだ・・・。
「んん、やっぱりいいな・・・。新人だったころはこれが楽しみだったものだ。」
「おいしい!このお肉、すごく柔らかいです!」
おっちゃんの牛串焼きはやっぱ最高だ。塩気が少し強く濃厚なタレ、歯に当たると簡単に噛み切れる。
「これが銅貨3枚で買えるから破格だなまったく。」
「しかも大きいです!」
「これ一本で十分満足できるな。」
男爵がこっちを向いて微笑む。
「ようやく緊張が解けてきたな。」
「あっ、」
「いいんだいいんだ、それでいい。私も久々にノスタルジーに浸れた。」
さて、と一息置くと、
「リーロット君、後で私の執務室に来てくれたまえ。少し話がある。」
どうやらまた緊張は解けなさそうだ・・・。
少し補足、
1.フロイラインの習わしは初代が冒険者上がりの貴族だったから。そのため初代にあやかり、冒険者になるようになった。
2.おっちゃんの牛串焼きは現舞台の街の名物。ギルドに持ち込まれた肉を落とすモンスターを特別価格で卸してもらえてるため激安で買うことができる。おっちゃんは街の外れで宿屋も夫婦で営んでいる。