第21話 たくさんの魔術を披露してみた
風魔術を使っても俺の速度は変わらない。
本当はビビみたいに風に乗った加速ができるといいのだが、そこまでやれるほど魔力量に余裕がないのだ。
まあ、音が立たないだけでも十分である。
視覚と聴覚の対策ができているのだから、有利に立ち回れるのは言うまでもなかった。
俺は毒入りの小瓶を指に挟んで三つ同時に投げ付ける。
いずれもトロールの右膝に命中した。
毒が飛び散り、防具の隙間からトロールを蝕む。
焼けるような音がしてトロールが体勢を崩した。
怒り狂って大剣を振り回すも、見当違いの方角なので俺に被害はない。
真っ先に目を潰したのが功を奏したようだ。
膝が再生を始めているが、治るのに時間がかかりそうである。
混ぜ込んだ闇属性が作用しているのだろう。
しばらくは素早い動きができないと考えていい。
トロールは片脚を引きずりながら周囲を破壊する。
大剣の薙ぎ払いが壁や地面を削り飛ばし、深々と亀裂を刻み込んだ。
圧倒的な膂力である。
真正面から戦いを挑まなくて本当によかった。
俺は慎重に回り込むと、追加の毒入り小瓶を投げる。
今度は左膝に命中した。
トロールは前のめりに倒れて立ち上がれなくなった。
煩わしそうに大剣を投げ捨てて、両腕で這うようにして移動する。
手探りで俺を探すことにしたらしい。
あまりにも無謀だが、それしか手段がないのだ。
(足が再生する前に倒さないとな)
俺はトロールの背中を駆け上がり、反応される前に剣を掲げた。
防壁の指輪に充填した魔力を吸い取り、それを使って属性付与を発動する。
刃が黒い炎に包まれたところで振り下ろした。
ごろり、と焼き切られた生首が落ちる。
巨大な身体が地面に倒れ込んだ。
トロールの背中に立つ俺は、剣に付いた血を振り払う。
「なんとか成功したな……」
物体から魔力を吸い取る技能は、魔術ではなく魔力操作の一種である。
練習してみると簡単に成功したので、戦法の一つとして取り入れることにした。
魔力消費を別の道具に肩代わりさせれば、俺でも中級以上の魔術を使えるようになるのだ。
今回の属性付与は火と闇を採用してみた。
自分の魔力量を気にせず、高威力の一撃を放てるのは大きい。
ただし、連発できる技ではない。
充填した分が切れれば発動できず、さらには肩代わりさせた魔道具も使用不能になるからだ。
事前に実験したところ、防壁の指輪で属性付与を使うのは三回が限度だった。
長期戦闘に向かない技であるのは憶えておかないといけない。
あくまでも奥の手の一つと見なすべきである。
何にしても、俺はトロールに勝った。
かなり卑怯な戦い方になったが、別に今に始まったことではない。
大した才能を持たない俺が英雄の真似事をしても早死にするだけだ。
身の丈に合った戦法を選ぶのはおかしなことではないだろう。
これまでの戦闘から大きく変わった点がないのが良い。
確かに魔術は便利だが、俺の場合は要所を支えるように使っている。
あくまでも補助的な道具とすることで、新たな力に振り回されずに済んでいた。
この点に関しては、おそらくビビよりも顕著だと思う。
それが互いの優劣に関係するわけではなく、ただその傾向にあるという話だ。
強敵を倒した余韻に浸る俺だったが、ふと違和感を覚えてトロールの死体を見下ろす。
死体の魔力が急激に高まっていた。
なんだか嫌な予感がする。
その時、トロールの右手が俺を掴もうと動いた。
俺はぎょっとしながら防壁の指輪を発動する。
紙一重で右手を遮ることに成功したので、大急ぎで離れた場所まで退避した。
首を失ったトロールは、のっそりと起き上がる。
両脚はまだ毒で動かないはずなのに平然としていた。
俺はトロールの魔力の流れを注視する。
そして、ある事実に気が付いた。
(防具が死霊魔術を発動したのか)
現在のトロールはアンデッド化している。
装着した各所の防具が死霊魔術の礎となっているのだ。
死をきっかけに発動する仕組みなのだろう。
油断した冒険者を殺すため罠というわけである。
なんとも厄介で悪質だった。
身構えようとした俺は吐き気を覚える。
背中に乗っていた時、アンデッドの瘴気を吸ってしまったかもしれない。
その可能性に思い至った瞬間に魔術を発動させる。
ほんの僅かな時間で吐き気は消えた。
使ったのは火属性の肉体活性だ。
身体強化とは系統が違う。
全身が高熱を発し、火属性が体内を巡って毒を打ち消してくれるのだ。
毒以外にも体内に影響を及ぼす魔術にも有効で、瘴気にもしっかりと効いてくれたらしい。
他者にも有効とのことなので、今後も使いどころは多いと思う。
俺が治療に励む間、首無しのトロールは大剣を拾って周囲を徘徊していた。
無闇に暴れたりしない。
動作から考えるに、頭部が無い状態でも支障がなさそうだ。
アンデッド化をきっかけに、魔力的な感覚を頼りに行動しているのだろう。
もっとも、闇魔術によって感知ができない俺を見つけられない。
こちらの様子を窺うビビにも気付いていないため、知覚範囲はそこまで広くないようだ。
痛みや負傷に強くなった半面、そこまで絶望するほどの強化でもない。
倒し方は既に決まっていた。
俺はそばに転がる石を掴むと、少し遠くへ放り投げる。
石が地面に当たり、その音に反応したトロールが大剣を叩き付けた。
ちょうど俺に背中を向ける角度だった。
俺はすぐさま走り出して跳躍する。
狙いはもう定まっている。
魔力の循環を観察して、心臓が中心になっているのは分かっていた。
つまりそこが弱点だ。
アンデッドだろうと核を潰されれば活動を停止する。
死霊魔術を維持する防具を残らず破壊するより楽なはずだ。
俺は光属性を剣に付与して、分厚い背中越しに心臓を突き刺した。
聖なる光が噴き上がり、アンデッド化したトロールを浄化していく。
抵抗するトロールが勢いよく腕を振り回した。
俺は避け切れずに肘にぶつかって吹き飛ばされる。
地面を転がって柱にぶつかり、血反吐を噴いた。
激痛に悶えながらも俺は顔を上げる。
背中に剣が刺さったままのトロールが蒸発するところだった。
断末魔の叫びを反響させて、やがて防具を残して消滅した。




