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6、星降る夜に願い事を

 家の中を動く許可を得たセオは、どんどん動くようになった。怪我をしてずっと動かず、身体がなまっている。怪我をした部分はまだあまり動かさないよう言われているが、出来る限りリハビリに取り組んでいた。

 少しずつ食欲も元に戻ってきて、動くことで夜も眠れる。もう痛み止めも飲まなくていいので、頭もすっきりしている。


 日々、健康を取り戻していることを実感しているが、そうすると今度は煙草を吸いたくなってきた。入院する以前はたまにではあるが、吸っていたのだ。


 先日、荷解きをしたときに煙草の残りを寝室の窓際にぽいと置いておいた。すると、気付いたらなくなっていた。

 レイラがどこかへ持って行ってしまったのだろう。こっそり家の中を探しても、見つからない。


 セオが寝室で柔軟をしながら煙草の隠し場所について考えていると、レイラがはたきを持って入ってきた。

 ありがたいことに、寝室で缶詰になっている間にレイラは家中の埃を外に追い出し、いたるところを磨いてくれていた。家政婦としての業務とはいえ、かなりの仕事量だったろう。


 柔軟をするセオを見て、レイラは渋い顔をした。


「急に動くと治りが遅くなるわよ」

「もう治った。いまならひん剥いて、レイラが男か女か確かめることが出来るぞ」

「あら、よっぽど被虐趣味があるみたいね」


 そう言うとレイラはセオの右腕を叩こうと、持っていたはたきを振り上げたので、セオは反射的に腕を引っ込めた。もう叩かれたところで痛くもないのに。

 以前のように甲高い悲鳴は上げなかったが、自分の反応が恥ずかしくなってセオは顔を逸らす。

 だが、煙草のことを思い出した。


「そうだ、レイラ。煙草をどこに持って行った? 吸いたい」

「なに言っているの? だめに決まっているでしょう」

「なぜだ。もうほとんど治っているし、家主は俺だぞ」

「でも私は同僚よ。同僚がだめだと言っているのに吸うの? アドバイザーに聞いてみましょう」


 アドバイザーとは誰だろうかとセオが首を捻る。すると、レイラは「うちの父」と笑った。



 案の定、アドバイザーからの許可は下りなかった。診察のためセオの家に訪れたロレイユ軍医は、煙草と聞くや否や、首を横に振った。


「これを機に止めてしまったらどうです。もともと大して吸っていなかったんでしょう。身体に悪いし」

「うーん、まあそうなんだが……」

「そんなことより、明日は星祭りですよ。外に行けなくて残念ですね」

「ああ……」


 すっかり忘れていた。明日は星祭りだ。

 年に一度、流星群がやって来るこの時期、一日だけ大きな祭りが催される。皆で騒いで、夜になると帰って家族で流れ星を見るのだ。


「明日は夜勤なんで、レイラをここに置いて行ってもいいですか?」

「ああいいけど、なぜ」

「師団長も一人、レイラも一人で星を見るなんて、寂しいじゃないですか」

「俺は別に……」


 幸い、レイラはこの部屋にはいない。セオは気になっていたことを聞いてみることにした。


「そうだ軍医、レイラに俺の素性を明かさなかったのはなぜだ?」


 レイラはセオが軍人であることは知っているが、機密性の高い仕事をしているため、素性を明かせないと聞いていると言っていた。

 それを信じているようでもあるし、別にセオの素性に全く興味ないようでもある。


「ああ、さすがにマクアイバー師団長の名前はレイラも知っていると思うんですよ。でもそれを言ったら委縮するかもしれないし、逆に色目を使うかもしれないですからね。師団長はそういうのは嫌でしょう」

「嫌だが……、ロレイユ軍医は自分の娘が相手の肩書で態度を変える軽薄な女だと?」

「相手の肩書で態度を変えることは軽薄ではないですよ、普通のことです。それに娘であっても他人ですからね。人の心は読めないじゃないですか」


 ずいぶんとドライな親子関係だなとセオは思った。ただ、この親子は結婚相手に突然逃げられるという出来事を経験しているのだ。人の心を読めないという言葉に重みを感じた。

 それに、自分のことを「同僚」だと軽々しく接してきて、色を感じさせないレイラの距離感が心地いいのも事実だ。


「そうだな、俺の素性は秘密にしておいてくれ」


 ロレイユ軍医は頷いた。



 ♢



 星祭りの日は朝から外ががやがやしていた。この辺りは住宅街だが、今日は休みだ。朝から周囲の子どもたちも外に出て遊んでおり、夕方からはイベントも催されているようだった。

 さすがにセオは人ごみで動けるほど回復していないし、そもそも混雑しているところは好きではない。それに家からは出る許可を得ていないのだ。


「さて、今夜どこで流星群を見ようかしら?」


 レイラは結局今夜泊まることにしたようで、勝手に客室を整えていた。

 流星群を見るために庭に出てもいいが、夜は少し寒い。セオは思い当たるところを提案することにした。


「実は屋根裏部屋がある」

「屋根裏部屋があるのは知っているけど、窓が小さいから空は見えづらいわよね?」

「ちょっと来い」


 足を引きずりながらレイラとともに屋根裏部屋への狭い階段を上ると、レイラはそこも掃除してくれていたようだった。

 この部屋には窓が一枚あるものの、それは小さく、わずかにしか開かない。しかし、その反対側の斜めになった屋根部分には大判の板で隠し戸がされているのだ。


「手伝ってくれ」


 力の入らない右手側をレイラに支えてもらいながらセオがその隠し戸を外すと、ガラス窓が現れた。大きさは十分で、斜め屋根に沿っているので空も見える。


「ここ、窓だったのね! なんなのかしらと思っていたの」

「この家は中古なんだが、前の住人も星祭りのためにこの窓をつけていたらしい」

「よく見えるわね、ここで見ましょう」



 その日の夜、レイラに呼ばれてセオが屋根裏部屋に行くと、丁寧に毛布が敷かれ、そこにスナックとエールが準備されていた。


「煙草はだめなのに、酒はいいのか」

「せっかくのお祭りですもの。アドバイザーには内緒よ」


 はい、と栓を抜いた瓶を渡され毛布に座ると、膝にも毛布を掛けられる。セオは瓶の中でわずかに泡の立つエールを少しだけ口にした。久々に口にした酒は以前よりも苦く感じた。

 隣のレイラを見ると、彼女も三角座りをして瓶に口をつけていた。斜めの窓から夜空を見上げている。

 まだ星が流れる時間ではない。外からは人々の賑やかな声が聞こえた。


「去年はねー……、私も街に出ていたんだけど」

「今日も行けばよかったのに。俺に付き合わなくても」

「今年は行けないわ。ほら、逃げた結婚相手がきっといるから。会いたくないもの。セオは? 去年はどこに?」


 肩を竦めたレイラはひどく寂しそうに見える。結婚式で逃げた相手がまだこの街の近くにいるということなのか。

 セオはそれには触れず、去年のことを思い出した。


「去年はベイラーダの要塞にいた。ここよりもずいぶん夜空が綺麗に見えるぞ。星が流れる数も多い」

「ああ、そうなの。じゃああなた第二師団の人なのね」

「そうだな」


 しばらく話していると、街の喧騒が止んだ。皆、家に帰り、星が流れ始めるのを待つのだろう。



 流星群が流れる一番星の瞬間に願い事をすれば、それが叶うと言われている。ここからの時間は皆、じっと夜空を見つめ、一番星を見逃さないようにするのだ。そして、星が流れた瞬間に願い事を口にする。

 隣が静かになったので見ると、レイラも食い入るように夜空を見上げていた。セオも窓に顔を戻し、なにか願い事があるだろうか、と考える。


 ぼんやりしていると、広い窓のちょうど中央をきらりと星が流れた。


 瞬間、隣からひゅっと息を吸う音が聞こえ、直後、レイラが叫んだ。



「終戦!! 終戦!! 終戦!!」



 その声があまりにも大きく、しかも鋭かったので、驚いたセオはびくりと肩を震わせた。


 なにかの警報音かと思った。「しゅうせん」という言葉が頭の中でうまく認識できず、一瞬遅れてから「終戦」であることに気付く。自分の願い事など完全にどこかへ飛んで行ってしまった。


「びっ、くりしたー……。なんだ、その願い事は」


 引き気味に隣を見ると、レイラは一仕事終えたようにエールをぐびぐびと飲んでいる。


「え? 終戦を願ったのだけれど」

「それは分かるが、他になかったのか」

「結婚相手の逃げた理由がね、軍に行くのに死ぬかもしれないから好きな女と添い遂げたいって理由だったのよ。だから、戦争が終わればそういうことはないじゃない。次の男は逃がしたくないから」

「その相手は軍人だったのか?」


 軍人なら、所属を聞き出してやろうかと思った。しかし、レイラは首を横に振る。


「ううん、情報員の臨時職員」

「なんだよ……、戦場に行かないじゃないか。レイラ、それは戦争を言い訳に使われただけだ」

「分かっているわよ。でも、逃げる理由を潰しておきたいわけ」


 そう言うと、レイラはまたエールをぐびりと飲む。

 拗らせているな、とセオは思う。そんな男は戦争がなくたって同じだ。どうせ、別の言い訳を並べだすのだ。


「セオは? どんなお願い事をしたの?」

「警報音のような君の願い事に邪魔されて、なにも」

「あら、じゃあ大した願い事じゃなかったんじゃない。でもまだ間に合うかもしれないわ。星が流れてる」


 レイラの指差す方を見上げると、絶えず光が流れていた。細い線が夜空に描かれ、残像を追う間もなく消える。


「煙草が吸いたい」

「本当に大した願い事じゃなかったわね」


 呆れたようなレイラの声を聞きながら、セオはスナックを口に放り込んだ。



 ♢



 次の日、セオが階下に降りると、レイラが食堂に座って新聞を読んでいた。休憩中のようだ。くつろいだ様子で右手で新聞をめくっているが、左手に持っているものにセオは釘付けになった。

 手のひらに乗るくらいの四角い箱。その上面からは、箱に細い棒が何本か入っているのが見える。


 セオはカチンときた。家主にはだめだと言っておきながら、自分は休憩中に煙草を吸っているんじゃないか。

 それからレイラの座る食卓に近寄ると、出来るだけ尊大に見えるように低い声を出した。


「レイラ、休憩中とはいえ、そのような行為はいただけないな。だが、俺は寛大なので今回は見逃してやろう。代わりにそれを一本寄こせ」

「は?」


 腕を組み仁王立ちしているセオをきょとんと見上げ、その視線が左手に注がれていることに気付いたレイラは、中身を一本差し出した。

 セオはそれを受け取り、「ほどほどにな」と告げ、唇に挟む。


 ──が、なにか違うことに気付いた。


 唇から離し、訝しげにレイラを見ると、彼女はまた新聞に目を落としている。それから、白い棒を箱から一本取り出し、口に入れた。直後、パキポキ、と音がする。


 砂糖菓子だった。


 煙草を模した、子ども向けのやつだ。

 セオは一気に脱力し、がっくりと肩を落として机に手をついた。


「どうしたの?」

「……なんでもない」


 煙草と勘違いしたなど白状するのは恥ずかしかったので、セオはもらった砂糖菓子をそのまま咥え、レイラに背を向けた。


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