15、言葉の続き
ロベルト経由でセオからの詫びを受け取った後も、連絡はなにも来なかった。
大人しく待っていようと思いつつも、悶々と過ごしていた中。
気付いたらセオが発ってから、三ヶ月が過ぎていた。
そしていま。
レイラはファレルの家にいた。
ファレルの妻が懐妊し、ベビーシャワーに呼ばれたのだ。
ベビーシャワーとは、懐妊した女性の家族や友人などが集まって安産を祝うパーティーのこと。
少し前にファレルからベビーシャワーへの招待状が来た時、レイラは度肝を抜かれた。
なぜこうも彼らが気にしないのかまったく分からない。普通、元彼女を呼ぶことはしないのではないだろうか?
恨みからこちらがテロリストになる可能性は考えないのだろうか。ならないけれども。
招待状には、色々あったけれど水に流して新しい命の誕生を祝ってくれ、絶対に来て欲しいといったような内容が至極丁寧に、しかし快活に記されていた。
それを見たレイラは大変気分が悪くなったものの、「行ってやろうじゃないか」という元来の気の強さが出て、出席に丸をして返送した。いまは後悔している。
ファレルたちは大勢の招待客を招いていて、家の中は人でごった返していた。外は少し肌寒いので、庭を使うことは止したのだろう。
彼らの親族は不在だった。それはレイラに遠慮したのか、それとも結婚式の逃避行で仲違いしてしまったのかは分からない。
部屋の壁にはたくさんの可愛らしい飾りが吊るされている。ホームパーティ形式で軽食や飲み物が用意されているが、果たしてそれらは足りているのかどうか。
「レイラ! 来なくても良かったんじゃないの」
部屋に入ると、先に来ていたローズに捕まった。他の友人も一緒だ。
「ローズこそ」
「だって、絶対に来てちょうだいって懇願されて」
「私も同じよ」
他の参加者はレイラのことを知ってか知らずか、表立ってなにか言ってくる人はいない。だが、こちらを見てひそひそされる視線は気になる。
人に囲まれる二人を見ると、遠目からでもファレルの妻はお腹はふっくらとしていた。以前、セオと二人で彼らと遭遇した時には気付かなかったが、あのときにはすでに懐妊していたのだろう。
実際に来てみると、ファレルたちは「色々あったがレイラと和解した」ということを他の参加者にアピールするために自分を呼んだようだった。
そのこと自体には複雑な感情が生じたが、目の前で人々に囲まれる二人を見たレイラは、少し気分が落ち着いた。
二人が、とても頑張って笑顔を振りまき、周りとの関係を良好にしようと努力していることに気付いたからだ。
彼らの方が自分よりも周りから冷たい目で見られてきただろう。
罪の意識を軽くするために呼んだのだとしても、まあいい。気持ちは分かる。
新しい命に罪はないし、彼らだってここで生きて、子どもを育てていかなければならないのだ。慰謝料をたくさんもらったので許そう。
ここに来るまで、内面はダークサイドに堕ちかかっていたが、一気に人間の心を取り戻したレイラは大人の対応を取ることにした。
人をかき分け、二人に型通りの祝いの言葉を述べる。「おめでとう、身体をお大事にね」と。
注目を集めてしまうが気にしない。
それからローズたちに帰ることを告げ、そのまま外へ出た。
むせかえるような空気から解放され、深呼吸する。
ファレルたちはレイラの新しい恋人のことを、口にはしなかった。他の人にも言わなかったようだ。和解したことを強調するのであれば、恋人と最近どう?とでも聞いてくるかと思ったが。
そこはセオの言った通りだったのかもしれない。彼らだって自分に対して複雑な感情を抱いているはずだ。
でもせめて、セオが帰ってきてくれていたら良かったのに、とレイラは切なく感じた。
帰ってきてくれていたら、もう少し明るくファレルたちを祝福できた。あなたたちも幸せで、私も幸せなのよ、と話せただろう。
考えても仕方がないので、家に帰ることにする。少し遠いが歩けない距離ではない。
レイラは、ファレルの家の門を出た。
ふと、道路の向こう側の歩道に見覚えのある自転車が止まっているのが見えた。視線が止まる。
そのすぐ隣には、背の高い軍服姿の男。
セオだった。
「あ、レイラ」
「…………えっ!?」
絶句するレイラに向かって手を上げたセオは、きょろきょろと道を見回し、自転車を押しながら道路を突っ切ってこちらへ渡ってきた。
三ヶ月前とほぼ変わらぬ姿だ。
「えっ、セオ? なぜここに?」
「給与を支払いに」
「えっ、いま!?」
自分が惹かれる男たちは、なぜこうもタイミングが謎なのだろう。
一人目は結婚式の最中の心変わり。二人目は三ヶ月ぶりの再会の第一声が給与支払いだ。
確かに二回目の臨時家政婦のときには、想いを伝え合ってから給与をもらいそびれ、そのままセオは発ってしまった。
帰ってきたら請求しようと思ってはいたが、よく覚えていたなと感心する。
「ロレイユ軍医に聞いたらここだと。もう少し待って出てこなかったら突入するところだったぞ」
セオは軍服の中から封筒を取り出し、レイラに差し出した。それをそっと受け取る。
「……ありがとう」
「渡せて良かった。気になっていたんだ」
久しぶりの再会になんの感動も見せないセオに、レイラは悔しくなる。
ずっと待っていたのは、会いたいと思っていたのはこちらだけだったのか。ぎりぎりと唇を噛み、恨めし気な視線を送る。
「……ずいぶんと遅かったわね」
「連絡できず悪かった。隣国との交渉はすぐ終わってさっさと帰れると思っていたんだが、そのあとの治安維持に時間がかかって。連絡先も知らなかったし……、レイラ、怒っている?」
「大変、怒っているわ。電話が無理なら手紙でも」
「ああ、その発想はなかった」
怒りを告げたのに、セオは嬉しそうにくつくつと笑い出した。腹が立って手の甲を思いっきりつねってやる。
「いって」
「詫びが必要よ」
「怖っ、なんだよ。花冠はないぞ」
「行く前に言っていた、『無事に帰ってこられたら』の続きは?」
セオは穏やかな表情で「ああ」と呟くと、その場でレイラをぎゅうと抱きしめた。
三ヶ月ぶりのセオからは、土埃のような匂いがした。
「……遅くなって悪かった。会いたかった、レイラ」
「私もよ、セオ」
催促するように軍服の裾を引っ張る。セオが喉の奥で笑っているのが分かった。
「今度は途中で止めるなよ?」
何も言わず、腕の中で頷く。
「もし、レイラの気持ちが変わっていなかったら……、結婚してくれ」
セオの胸に顔をぐりぐりと押し付けて深呼吸する。飾りボタンが当たって痛いが、気にならない。
「……あの時、最後まで言わせなくて良かったわ」
「おい、返事は」
「……よろしくお願いします」
背中に回った腕がより強くなって、レイラはそのまま体が浮きそうになる。
頭上からはふふふ、とセオの嬉しそうな声が聞こえた。
「セオ、逃がさないわよ」
レイラがわざと低い声で告げると、セオは忍び笑いしながら「俺は逃げない」と呟く。
腕の力がより強くなって絞め殺されそうになったので、レイラはセオの腕をタップした。笑い合いながら身体を離す。
それからセオの乗ってきた自転車に二人乗りして家まで帰った。




