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12、ぬるま湯だったはずが


「それは付き合っている……?」


 小さく呟いたローズが怪訝な顔で見つめてくるので、レイラはその視線から逃げ、手元で行っている器具の消毒作業へ戻った。


 父経由でセオから依頼を受け、また臨時家政婦となり、彼の家に行くようになって一週間と少し。

 名前を付け難い関係になっている。少なくとも、雇用主と家政婦では、ない。


 以前と違ってセオは軍に仕事に出ているので、会う時間は少なくなった。前のように一日中一緒にいるわけではないのだ。

 しかし、朝会うときは朝食を、昼からの時は夕食をともに取り、帰りは送ってもらっている。


 さらにこれまでに二回、時間があるから、とセオの方が料理を作ってくれたこともあるし、調理を手伝ってくれることもある。

 過ごしている時間だけを切り取れば、新婚夫婦のような空気感なのだ。


 レイラの話を聞いたローズは声を落とした。


「えっと……、した?」

「してない」


「キスは?」

「してない」


「告白……」

「……してないし、されていない」


 「それは……」と口を噤んだローズに、かぶせるようにレイラは弁明する。


「分かってる! 付き合っていないわよね? でも、なんか友達とか、家政婦っていう感じじゃないのよ! 多分、いや絶対、私のこと嫌いじゃないと思うの」


 初めの頃はあんなに敵意むき出しだったのに、だんだん懐いてきて、再会したらずいぶんと近い距離感で接してくるのだ。

 好意丸出しだ。


「それに、もう若い学生ってわけじゃないじゃない? 恋人同士になるのに、好きだから付き合ってとかそんな仰々しい宣言をするもの? なんか今更恥ずかしいような気がするのよ、向こうもなにも言ってこないし」

「ファレルのときはどうだったの?」


 問われたレイラは考え込んだ。

 ファレルは郵便の仕事をしており、この地域を担当していた。診療所に届けにくる際にいつも受け取りをするのが事務担当のレイラだったので知り合ったのだ。


「……付き合う時も、結婚を決めた時も向こうから宣言されたわ」

「まあそうでしょうねえ。付き合うという宣言がないにしても、先々結婚も考えるならその話は出るはずよね」

「結婚……」


 その言葉を聞いてレイラはあの(・・)結婚式のことを思い出した。

 なんだか、遠い昔のようだ。自分の中では完全に過去になり、祭壇で考えていたようにフィクション映画を見たような思い出になってきている。


「あ、ごめん。もしかしてレイラはもう結婚を考えていない? しない方が良いとか思っている?」

「ううん、全然思っていないのよね、それが」


 レイラはセオと結婚したときのことを想像しようとした。しかし、いまと変わりないように思うのだ。


「ファレルといまの彼は別の人だし、結婚しても大丈夫なような気がする。結婚式はもうしなくていいけど」

「そうね。式を挙げるにしても何か対策を打った方がいいわ。レイラの心の安心と安全のために」


 二人は大きく頷き合い、作業に戻った。



 現実問題、あと少しで臨時家政婦は終わりなのだ。セオは仕事で北へ行ってしまう。

 どのくらいの期間いなくなるのか分からないが、少なくともベイラーダへ発つ前にはなんらかの方向性を決めてくれるのではないかと思うし、そうして欲しいとレイラは思った。



 ♢



 その日、セオは夕方前には帰ってきて、一緒に買い物に行こうと言い出した。

 さっさと仕事を終わらせてきたと言うが、レイラが行く日はいつも早く帰ってくるので、果たしてそもそもきちんと仕事をしているのかどうか心配になる。


「機密性の高い仕事をしていると聞いていたけど、暇なの?」

「暇じゃないけど、もうすぐここを離れなければいけなくなるから」


 言葉の裏に、もうすぐ会えなくなるから自分に会うために早く帰っているようなニュアンスを感じ、むず痒くなる。

 今は契約上、週に二回だが、レイラはもっと来たくなるのを我慢しているのだ。自分から言い出すと、あまりにもはしたないような気がして出来ないが。



 連れ立って市場で食材を見て回っていると、セオは景気良く食材を買っていく。

 以前おつかいに行かせたときもそうだったのだろう。にこやかに店番と会話を交わしては、おまけをもらっている。

 無精髭を生やしてベッドで寝込んでいたのが噓のようだ。


「セオ、買いすぎだと思うけど。あなた一人しか家にいないんだから」

「うちの優秀な家政婦がなんとかしてくれるだろ。余ったら持って帰っていいぞ。レイラも食べたいものを買え」

「ふーん、なら遠慮しないわよ」


 呆れたレイラは後のことを考えるのをやめ、美味しそうな食材を片っ端から買っていった。

 市場を一周する頃には大荷物になってしまったので、二人で分担して抱えて帰る。


 そこからは料理大会だった。


 大量の食材を広げ、二人で献立を考える。傷みやすい食材から使えるように、レイラが指示を出し、分担して食材を切り分け、調理していく。


 とにかく野菜を買いすぎてしまったので、一部は適当に酢に漬け込み、一部は大きな寸胴で作ったスープに放り込んだ。

 それから鶏肉をトマトと煮込み、そこにも野菜を適当に刻んで入れる。小ぶりな白身魚もマリネにしてしまった。少しだけ買った牛肉もシチュー風に煮込んだ。


 二時間弱かけて調理を終え、保存できるものを容器へ移す頃には、もう外もずいぶんと暗くなっていた。

 日持ちするようにと夢中で料理した結果、残念なことにそのメニューは煮込みと酢漬け料理ばかりになってしまった。

 あとは軍で出ようかというくらいの寸胴いっぱいの具沢山スープだ。


「ずいぶん作ったな。だが、メニューの偏りがひどい」

「そうね。まあ仕方ないわ。食材を買いすぎたもの。当分は食事に困らなくて楽よ。少しもらって帰るわね」


 食事の前にセオが調理器具をざっと洗い、レイラが夕食の配膳をする。もう慣れた役割分担だ。


「普段はレイラが料理を?」

「今はそうね、父は忙しいから。でもやっぱり手抜き料理ばかり。しかも二人しかいないから、シチューなんて作った日には三日連続食べなきゃいけなくなる時もあるわよ」

「それは仕方ない。俺だってそうだ」


 そのことを想像したのか、セオが苦笑した。

 セオの家で家政婦として料理をするときには、それなりに気を使ってきた。給料をもらっているからだ。

 だが、自分のために作る料理というのは億劫だ。それはセオも同じようだった。


「ベイラーダでは食事が出るの?」

「そうだな。一応軍部の食堂のようなところがあって。でもひどく不味いぞ」

「自分で作れればいいのにね」

「いやそれが──」


 セオが何か言いかけたところで、家の前に車が止まる音がした。

 すぐそのあとにドアベルが鳴る。


「出るわ」


 セオは洗い物をしていたので、レイラが代わりに出た。

 扉を開くと、立っていたのは軍人だった。ずいぶんと若く、まだ少年のようだ。入隊すぐに見える。


 若い軍人は、レイラを見ると胸を張って敬礼した。



「失礼します! マクアイバー師団長へ書類をお持ちしました!」



「…………は??」



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