石川県知事選 馳浩候補の敗因は
3/8に石川県知事選が行われ、新人で前金沢市長の山野之義氏が当選した。
馳氏の応援には高市首相も参加したがそれでも6千票届かなかった。ただ高市首相が来なかったらもっと差がついていたという分析をする人もいる。確かにそうかもしれないが、何故差がついてしまったのか。
アッシは馳知事が当時の岸田首相から、補正予算を確保できなかったところにあると思う。災害対策として補正予算を組んで迅速な対応にあたる事が従来の動きであり、当時の馳知事自身も、震災直後の記者会見で早急に補正予算の成立を望んでいた。ところが岸田首相は補正予算を組まない方針を決め、馳知事はその決定に従って震災対応をする事になった。この対応によって馳氏は元々富山県民であり、石川県民に対する情が薄いという印象を与えてしまったのではないかと思う。
山野氏が今回の選挙で自身が金沢市出身であり、親も石川県内の人である事を殊更強調していたのには、そんな馳氏への不信感の受け皿になる狙いがあったように思う。
ただ、震災の現場であった石川3区では全て馳氏が得票数では上回っている。それは補正予算が組まれなくたって、なんとかしてやろうという人達が残ったから、馳氏の対応に対してそこまで目くじらを立ててない。
それでは無理だと能登を離れた人たちがいる金沢などの大票田では、その対応のせいで私たちは地元を離れなきゃならなくなったと考えていたなら、それを支える人達も馳氏を支持はできなかっただろう。
ま、あくまでアッシの妄想ですがね。
新しい知事が県民の期待に応える行動をしてくれる事を願うばかりである。




