己の欲せざる所人に施す事勿れ それなら己の欲する所を施せば良いのか?
”己の欲せざる所人に施す事勿れ” 子供の頃、兄上に何度も言い聞かせられた言葉だ。子供の時はアッシの楽しい事ばかり追いかけ続けたせいで、いろんな人に迷惑をかけてて、家族には多大な心配をかけてしまっていた。そんなアッシを戒めるために兄上がかけ続けたのがこの言葉だ。
1を聞いても10を知れないアッシがその言葉をかけられた意味を理解するのに、長い時間と幾度もの失敗があったが、それがあって今はアッシの倫理観として定着している。
本題はここから。言葉の意味が定着し始めた頃、1つの考えが浮かんだ。
そういう言葉があるのなら、己の欲する所を人に施せば良いのではないか?
何とも安直な逆説的発想である。人に優しく接してほしいと願っていた当時のアッシは、これでみんなが優しく接してくれるかもという期待を持って、人に優しく接するようにした。
優しく接したら相手からは感謝される。人に感謝される喜びを感じる事が出来た。でも相手がアッシに優しく接する事はなかった。何故ならこの考えはアッシにしかない。アッシと同じ考えを持っていない相手が、アッシの期待に応えてくれるはずもないのである。
相手にしてみたら、アッシはただの親切な人だったのだろう。期待した結果は得られなかったが、まぁ嫌がられるよりかはマシかな。