第93話
牧場を出た私達は三人で街を目指した。
クーは元の小柄なサイズに戻ってくれたので一安心だ。
元のって言っていいのか分からないけど。
でもクー自身もそちらの方が過ごしやすいみたいなので正直助かる。
クーは私達の周りを飛んだり後ろを付いて歩いたり、久々に出る外にはしゃいでいるようだった。
本当に、綺麗な竜だと思う。金色の身体に海のように深い青の双眼。
ノームさんと過ごした日々に戻りたいと思わせないように、これからは私達がちゃんとしなくちゃ。
「子供を持つとこんな気持ちになるのかなぁ……」
「子供って、クーのこと?」
「そうそう」
「私達の子、人外なのね」
「いや私達のとは言ってないけど」
「なによ!」
マイカちゃんは私の横っ腹をドスッと突くと舌を出す。
痛みに悶えて歩いていると、面白いことがあったのかとクーが真横を低空飛行しながら
私の顔を覗き込む。
こんな子供も奥さんも嫌だなぁと考えていると、マイカちゃんが両手を打って立ち止まった。
「そうだ!」
「どうしたの?」
「クー、私を背中に乗せなさい!」
彼女がそう言うと、クーは彼女の目の前に立って「?」と首を傾げた。
あれは、どういう意味だろう。
何言ってるか分かんないだけならいいんだけど、「どうしてわたちが貴様を背に
乗せなきゃいけないの? 何様?」ってジェスチャーだったらどうしよう。
また喧嘩が勃発する。
「く、クー? マイカちゃんね、クーの背中に乗りたいんだって? 乗せてあげてくれる?」
なんとなくフォローしてみると、クーは「なるほど!」という顔をして、頭をさっと低くした。
乗っていいよ、ということだろうか。
マイカちゃんはこちらを見て頷くと、クーの背中に飛び乗った。
「クオー!」
クーが甲高い声で合図すると、翼がバサッと広がる。
羽ばたいてみると、グングン高度をあげていく。
あれ落ちたら死ぬなぁと思いながらその光景を見つめる。
ルークですらドラシーの身体に手綱のようなものを付けてたし、私が乗せてもらう時は
絶対それ付けてもらお。
クーの体の変化にちゃんと対応できるように、ある程度調整できるやつ。
「ランー! 超楽しい!」
「だろうね」
マイカちゃんに聞こえる訳ない大きさで呟いて、空をビュンビュンと駆ける二人を見守る。
あの子、あんなスピードと高さで飛んでて怖くないのかな……。
「ランも乗るー!?」
「……」
私が乗るって言うと思ってるのかな……絶対やだ……。
そりゃ楽しそうだけど、命綱のようなものが無い状態でアクロバット飛行を
心の底から楽しむなんて絶対無理。
クーはマイカちゃんがどんなことをしても大丈夫だと思っているのか、
前に進みながらグルグルと回転している。
大きく弧を描くように飛ぶんじゃなくて、クー自身がグルグル回転してるの。
マイカちゃんの頭も当然逆さになってるんだけど、持ち前の脚の筋力でクーの体を
締め付けてるから落ちないんだと思う。
クーに、私が乗ってる時は手綱がついてても絶対しちゃダメだよって教えなきゃ……
何よりも先に教えなきゃ……。
そんなことを考えながら、二人の後を追うように歩いていると、満足したのか
徐々に高度を下げて私の前に降り立った。
「ただいま。ランも後ろ乗りなさいよ」
「クー、あのね。マイカちゃんは特別なの。私だってクーに乗りたいけど、
絶対にあんな飛び方はしちゃだめだよ? 分かるかな?」
クーは再び「?」という顔で首を傾げる。
いや分かってよ、さっきは分かってくれたじゃん。
「私が後ろに乗るわよ。掴んどいてあげる」
「それは逆さになったときにマイカちゃんが脚でクーにくっ付きつつ、
私の体も腕で落ちないようにしておいてくれるってこと?」
「そうよ?」
そうよ? じゃないよ、いくらマイカちゃんでもそれは無理でしょ。
え、できるのかな。どっちにしろ怖いんだけど。
私は恐る恐るクーに乗ると、飛び立つ前に「危ない飛び方は絶対にしないでね」と改めて念を押した。
こんな冒険の終わり方嫌だからね。本当に。
私の怯えがクーに伝ったのか、クーは様子を窺うように低く飛んでくれた。
そうして気付く。二人で乗って重くないかなって。
ダメ元で「もうちょっと大きくなった方が乗りやすいかも?」と言ってみると、
クーの体が一回り大きくなった。
「本当に大きくなったわね!」
「クー、私の言うことが分かるみたいだね。さっきは「え?」ってリアクションされたけど」
「それは「アクロバット飛行くらいで何言ってんの?」って思われただけじゃないかしら」
「誰でもやめて欲しがるでしょ、あんなの」
ともあれ、クーの体が大きくなってからはなんとなく
安定感も増した感じがして乗り心地も良くなった。
私達が二人で乗るための丁度いいサイズも分かった。
ゆっくり飛んで調子を確かめると、クーは高度をあげて街へと向かった。
私は指を差して向かうべき場所、ハブル商社のビルを目指す。
途中、ルークの同業者らしきドラゴンに乗った人とすれ違って手を触り合った。
私達は今、最高に流通の国としてのマッシュ公国を満喫してる、そんな風に思った。