第89話
私達が身支度を終えたのは暗くなってからで、どうせ遅れるならと中央区の外れにある
テイクアウト専門店で平たいパンを買ってから、ハブル商社に向かった。
円盤状のパンにチーズや肉を切って乗せているらしい。
すごく美味しそうな匂いがするから早く食べたい。
買い物が終わってからのマイカちゃんは少し歩調が早まった気がする。
頭の後ろで結んだふわふわの髪がぴょこぴょこと動いて、私にはあれがたまに彼女の尻尾に見える。
でも私はそれを茶化さない。私も同じ気持ちだったから。
楽しみだし、できれば冷めてチーズが固くなる前に食べたいよね。分かる。
私達がハブル商社に向かっているのは、実を言うとルーク達と解散するときには
決まっていたことだった。
生活のリズムが狂ってしまうのはルーク達も同じで、さらにルークは三日後には
長距離をドラシーと移動する予定だったしく、一刻も早く、確実に
体内時計を正常化させたかったとか。
夜、宿に着いて、私達が起きてからでいいから会社に来いと言われていた。
要するに三人で夜更かししよう大作戦ってわけ。
ドロシーさんも誘ったんだけど、彼は逆に事務所に到着してすぐに、王宮へと報告へ
向かったので、私達とは違う。
むしろ今晩は早めにぐっすりの予定らしい。
ドアを開けて、いい加減慣れてきたハブル商社のロビーに顔を出す。
丁度ルークが階段から下りてきたところで、私達は目を合わせた瞬間、
ちょっと声高に名前を呼び合った。
ルークの後ろには、なんとフィルさんもいる。
私達の夜更かしの話を聞いて怒りにきたとかだったらどうしよう。
ルークにアホなことさせて、みたいな。
「フィルさん……?」
「あ、ごめんね。二人と夜通しお話するって聞いて、「いいなー」って言ったら、
この通りルークに連れて来られちゃって」
「え、怒ってない?」
「どうして私が怒るの?」
「やきもち的な、さ」
「一人ならまだしも、カップルにそんな怒り方するワケないでしょう?」
「……」
フィルさんとの会話で分かった。多分、彼女誤解してる。
私とマイカちゃんがそうだって。
いやぁ……うぅん……普段ならすぐにその誤解を解こうとしてただろうけど、
今はカップルってことにしておいた方がいいのかも。
フリーの子二人と夜更かししようとしてたの!?
なんて怒ったりする可能性もなくはないし。
っていうかこんな勘違いしてるのだって、ルークがそんな感じで伝えたからかもしれないし。
「ちょっと待ちなさいよ。私達、まだ付き合ってないわよ」
「あそうなの? まだ?」
「っさいわね! 言い間違いよ!」
マイカちゃんは顔を真っ赤にしながら私の手から夕飯を取り上げる。
まだってなんだよって言いたかったけど、先にフィルさんにツッコまれちゃったから
私からは何も言えなくなった。
っていうかさ……マイカちゃん……マジでもっと空気読もうと努力しよ……
私がこねこね考えてたのバカみたいじゃん……。
私がズーンと一人で暗くなっているのも構わず、マイカちゃんは
ロビーのテーブルの上にパンを並べた。
キノコや野菜がふんだんに使われているものと、お肉重視の大きいのを二枚。
フィルさんが増えたにしても、夜食にしてはちょうどいいだろう。
元々余った分はマイカちゃんに食べてもらう予定だったし。
それがちょっと減ったってだけだ。全然問題ない。
蓋をぱかっと開けると、チーズと香味の匂いが一瞬で広がった。
フィルさんが飲み物を用意すると言って小走りでその場を離れ、ルークが後を付いていく。
先に食べていていいと言われた私達だったけど、素直にパンに手を伸ばしたのはマイカちゃんだけだ。
パンは中心から放射状に、八つに切られていて、単純計算で一人四枚当たる。
単純計算って言ったのは、多分、マイカちゃんがそれより多く食べるから。
二人はマイカちゃんが一枚目を食べ終わる頃に飲み物を持ってきてくれて、
他にもいくつかお菓子を持って来てくれた。
ルークはマイカちゃんのとんでもない食事量を知っているからだろう。本当に助かる。
そうして私達はやっと雑談に興じる空気になった。
雑談、と言っても、一応ちょっとした目的はある。
それは、私達がルーズランドに行くためのルートや方法を探すことだ。
この辺の配達員の中でもルークが優秀で詳しいというのは、周囲の評判からも間違いないだろう。
ドロシーさんもそう言ってたし、あのリードさんとかいう女たらし王女だって、
やけに彼女をライバル視してた。
神速のルークって知らない人達から呼ばれてるの、めっちゃカッコいいじゃん。
とにかく、彼女に相談すれば、何かいい案が思い付くんじゃないかと思ったのだ。
「まず、ルーズランドのどこに赤の柱があるのかって話からしないといけないよね」
ルークは難しそうな顔をして、ぐっと腰を捻って背後にかかっている巨大な地図を指差した。
「あの右上の、色が塗られてないところ。あれがルーズランドね。
で、まぁ私が知ってる情報から話そっか」
そう言って彼女がしてくれたのは、”なんかヤバそう”としか言えない情報のオンパレードだった。