第82話
「バカ野郎が! 俺だって無闇に殺したりはしたくねぇんだ!」
ドロシーさんの怒号が飛ぶ。同時に、力強く引かれた弓が放たれる風切り音も。
少し遅れて短い悲鳴が届いた。
また一人仕留めたらしいと耳から入る情報で判断しながらも、私は荷台側には回らなかった。
「こっちも来たね……」
「だと思った」
斜め前からも数体の馬に乗った賊と、そのかなり後ろを追いかけるように走る男達がいた。
まぁ全員分の馬とか用意できないだろうしね。その数は合計で二十人くらい。
やるしかない。決心した私は、どの呪文を唱えるのが適切かを考えていた。
そんな私に、ルークはとんでもない指示を出す。
「あのさ、できるだけ引き付けてよ」
「は……?」
「見たところあいつらは弓を持っていない。急いで倒す必要なんてないでしょ?」
「いや、言ってる意味が……」
命を狙ってこっちに来てるんだから、急いで倒す必要あるに決まってんでしょうが。
彼女の真意を汲み取れず困惑していると、ルークは敵を睨み付けながら言った。
少し口元が笑っているように見える。
「見て、それまで一直線にこっちに向かって来てたのに、あの一帯からくねくね走って来てる」
「言われてみれば……」
「あいつら、多分落とし穴を避けて来てるんだよ。あいつらが近くに来れば、より正確なルートが分かる」
あれ全部覚える気なのか。
私には分からないけど、きっとルークには出来るんだろう。
そう信じて、私はギリギリまで賊を待つ事にした。
後ろの方からは馬の足音が近付いている。
心配になって視線をそちらに向けようとしたときだった。
「っと、危ねぇ!」
ドロシーさんの声と一緒にスカン! という音が聞こえる。
多分矢が荷物に刺さった音だ。
前の方も見ておかなきゃいけないっていうのに、気になって全然集中できない。
「ラン! もういいよ!」
「! オッケー!」
私はルークの合図に反応し、再びウラーグを唱えた。
落馬する者や、その場にうずくまる者がいる中で、平然としている賊は一人もいなかった。
風の魔法はこういう時にいいなって思った。
人に致命傷を負わせることなく無力化できるから。
まぁ人と戦ったのなんて初めてなんだけど。
「うわすっご……ランって剣の方がオマケって感じなんだね」
「それ結構傷付くからやめて」
これは私の剣がしょぼいんじゃなくて魔法がすごいだけ、そう魔法がすごいだけ。
自分にそう言い聞かせていると、クソがぁぁ!! という雄叫びが響いた。
「雑魚が魔法なんか使ってんじゃねええええええ!!」
私の魔法で落馬した毛むくじゃらの男がサーベルを片手に、馬に再び飛び乗った。
馬の方も突然のことでかなり動揺している。
コントロールを失いながらも健気に主を乗せて走ろうとしていた。
「いやいや、あの人、マズいでしょ」
その様子を見ていたルークは半笑いで呟いた。
マズいってなんだ。私の疑問はすぐに解消されることとなった。
パッと姿を消した男によって。
「どこ行ったの!?」
「どこって……下でしょ」
「あっ……」
強引に馬を駆った男が悪いとしか言えないんだけど、まぁ、なんていうか、
彼は自分達で掘った穴に吸い込まれて行ったらしい。
本当に、これ以上自業自得なシチュエーションがあるかってくらい自業自得だ。
しかし、姿を消した男の名を呼ぶ男達の声で、戦況は一変した。
「親分ーーーーー!!」
「大丈夫っすか!?」
「何やってんの? バカなの?」
「クソッ! 誰だよ、こんなに深く掘ったヤツは!」
「俺達だ!」
「しかも指示したのは親分だ!」
なんか約一名すごいストレートに悪口言った人がいるんだけど、気のせいかな?
とにかく、穴に落ちた男は親分だったらしい。
頭が不在になったことで、前方の集団は私達どころではなくなっている。
荷台の中を移動してきたらしいマイカちゃんは、布をさっと捲って「何?」と辺りを見渡した。
「いや、前にやっぱり落とし穴があってさ」
「親分って声が聞こえたけど?」
「うん、山賊の親分がキレて我を失って馬に乗ってそのまま落ちたの」
「あっぱれなバカじゃない」
多分、遠距離を攻撃する術の無い、マイカちゃんは今のところやることがないんだと思う。
余裕そうな表情を見るに、後方の敵の手も止まっているのだろう。
まぁ親分に呼びかける声、かなり大きかったしね。
なんとなく気が抜けた感じになっている私達に、ドロシーさんは檄を飛ばした。
「お前ら! なに油断してんだ! 向こうの親分に何かあったことしか
分からない連中が、俺達が討ったと勘違いするかもしれないんだぞ!」
言われてみれば、その通りだ。
まさかこのタイミングでいきなり自爆するとは思わないよね。
私だってさっきみたいな状況で、様子が分からないマイカちゃんが怪我をしたって聞いたら
矢で打たれたのかって思う。自分で自分を殴る可能性なんて思いつかないよ。
いや、待てよ。私達が彼らを襲っていないという証拠なんて提示できない。
だけど。
あることを思いつくと、私はすぐに馬車から飛び降りた。
敵の手が止まっているとはいえ、こんなことをするのは自殺行為だ。
だけど、だからこそ意味があった。
後ろからマイカちゃんの声がする。少し遅れてルークとドロシーさんの声も。
心配かけてごめん。
でも、多分、死にはしないと思うから。
今は見守ってて欲しい。