第68話
私達は恐る恐る牧場の中へと立ち入った。
部外者の侵入だと思われたのか、ほとんどの竜がこちらを見て、半数くらいの子が
頭を低くして羽根を強張らせている。
警戒されているのだろうとすぐに分かった。
「エモゥドラゴンというのは非常に気難しくてな。心を許した相手じゃないと
絶対に背中に乗せない。奴らが出てくる神話、大筋を知っているか?」
首を横に振る。
マイカちゃんは腕を組んで「知ってるわけないでしょ」と、何故か威張っている。
マイカちゃんってできないことや知らないこと威張るよね……
神話の中身より理由が気になるよ……というかいつかある種の伝説になりそうだよ……。
「山に棲むエモゥドラゴンは、麓の村の青年とひょんなことから仲良くなった。
その竜は人間の大人程のサイズしかなく、様々な竜と比較しても
非常に小振りな体格であったため、青年は竜を“チビ”というあだ名で呼んだ」
そうしておじさんは続きを語って聞かせてくれた。
“チビ”をモンスターであるという理由から警戒する村人は少なくない。
結果、チビを可愛がっていたその青年は迫害されるようになってしまった。
そんなある日、別のモンスターが村を襲わんと近付いてくる。
村人達の画策により、彼は生贄として差し出すために、村から出されてしまう。
青年は村の端にある草原に立たされ、黒い大群が自分を踏み潰し、
そのまま村に攻め入らんとするのを眺めていた。
それは猛烈なスピードで近付いている。
もうここまでかと目を瞑った青年だったが、最期の瞬間はなかなか訪れない。
ゆっくりと目を開けた青年の眼前には、火の海が広がっており、
その中でモンスター達がもがき苦しんでいた。
何事かと混乱する頭で辺りを見渡し振り向くと、そこには青年を
つま先で踏み潰せるほど巨大な、金色のドラゴンが居た。
翼を羽ばたかせて高く飛び上がると、青年を守るように火を吹く。
モンスターの大群が全滅するまでに時間はかからなかった。
彼はすぐに、自分を守ってくれたドラゴンがチビであることに気が付いた。
青年が唖然とする中、村人か一人二人と駆け寄る。
助けてくれてありがとう、そう言って。
しかし、振り返ったその竜は、村をも焼き尽くした。
彼を見捨てるという選択肢を選んだ彼らが。
助かったと分かるや否や、村の防衛手段になると見込んで、手のひらを返したらしい彼らが。
竜はどうしても許せなかったのだ。
青年はそんなことを望んでいないと知っていたのに。
そうして役目を終えたドラゴンは“チビ”に戻って、空へと羽ばたいた。
青年は炎の中、一人残されたまま佇んでいた。
これが神話の概要らしい。
その青年はキリル族という民族だっだとか、村は壊滅状態になっただけで
全滅は免れていてこの伝説が語り継がれることになったのだとか、
そういう細かい話があるらしいけど、関係がないから省かれた。
「エモゥドラゴンは、感情を糧として強くなる。お嬢さん方が認められれば、
望む働きを必ずしてくれるだろう。今の話は神話だが事実だ」
私とマイカちゃんは目を合わせて頷いた。
やるしかない。いざとなったら戦力にもなってくれそうだし。
そのドラゴンと信頼関係を築くことができれば、いいことずくめだ。
「じゃあ、失礼します」
そう言って牧場の中を真っ直ぐ進もうとした。
おじさんが「おい」と声をかけてきたので振り返ると、彼は両手にバケツを持っていた。
ついでにあいつらにエサをやってくれと渡されたそれを、私達は一つずつ持って、
今度こそ飛竜に向かって歩き出す。
「エモゥドラゴンって義理堅い性格なのかしらね」
「そうかもしれないけど、さっきの神話の通りの性格だとしたら、結構厄介だよね」
「それは私も考えたわ。普通、そういうタイプの神話で村焼く?」
「村焼く? って言い回しがカジュアル過ぎて怖い……」
「だってそうでしょうよ」
私は両手で、マイカちゃんは片手でバケツを持って進む。
中にこんもりお肉が入ってるから、すごく重いんだけど、彼女は気にならないようだ。
実を言うと、私も同じところが引っ掛かっていた。
神話が事実だとして、そのドラゴンの心情をどこまで脚色しているのかは分からないけど、
本当に青年が村を焼かれたくないと思っていて、そこまで理解した上で
行動に移したんだとしたら……それって、すごく対等だ。
飛竜は人に懐くものの、基本的には飼い主を主とする。
だけど、エモゥドラゴンと飼い主の間に主従関係があるようには思えない。
主従関係があるのであれば、主人の望まないことはしないはずだ。
だけど神話の中のそのドラゴンは、まるで友達みたいだと思った。
「仲良くできるかな」
「さぁ。ま、相手を見てみないとそんなこと分からないでしょ」
マイカちゃんのこの言葉に、はっとした。
竜の性格を知る前からこんなことをぐだぐだ言っても変わらない。
彼女は私なんかよりもよっぽど本質を理解している。
「さっ。着いたわよ。あんた達、並びなさい! エサよ!」
「いや並んだら怖いよ」
水場に到着すると、彼女はドンとバケツを地面に置いて自分の正面を指差した。
前に並べということだろうけど、いくら利口とは言え、言葉を扱えない竜が理解できるわけが……。
「うそ……並んでるじゃん」
「偉いわね。ほら、ランもあげて」
飛竜達はマイカちゃんの前に並ぶどころか、同じバケツを持っている私の前にも集まってきた。
彼らの知能の高さに驚きながら、私は肉片を手に取った。