第52話
ジーニアで協力してくれた面々と別れたあと、私達はキリンジ国とルクス地方の国境へと向かった。
隣にはマイカちゃん、後ろにはグロッキーなクロちゃんと、それを楽しむレイさんがいる。
レイさんは列車から下りる直前に、何の変哲もない服装に着替えて、カツラを被っていた。
動きやすそうなパンツスタイルだ。
真っ黒い長髪のそれを身につけた彼女はまるで別人みたいに見える。
「とりあえず私は表向きにはクロの姉として振る舞うことにしたんだよね」
「こんなお姉ちゃん絶対いらない」
「クロちゃん、レイさんのこと、呪ったりしちゃだめだよ」
「しない。いくら呪っても、光の巫女の力が強いせいか、かき消されてしまうから」
実行済みかよ。
私はクロちゃんの容赦の無さに軽く引いてしまったけど、
彼女の闇の魔法が効かないのであれば問題ないだろう。
怖いようなほっとしたような、妙な気持ちのまま足を動かす。
それからしばらく歩いていると、レイさんが思い出したように言った。
「そうだ。ランちゃん、次の柱、どこを目指すか決まってないんだって?」
「うん、比較的近いのは青の柱だけど。あそこはセイン国の領地だし」
「あのいけ好かない勇者様の出身国、だね。下手に各地を回ったりしないで、
青の柱でランちゃん達を待ってる可能性が高いと思うけど」
「私もそれは考えてた。やっぱりレイさんもそう思う?」
「まぁね。というワケで、次はルーズランドを目指しなよ」
彼女は実にあっけらかんとそう言った。
簡単に言ってくれるけど、ルーズランドって、私に言わせれば曰く付きのヤバそうなところだ。
消去法でそこに向かうしかないということは分かっていても、なんだか気が進まなかった。
「行きたくなさそうな顔してんね」
「いつかは行かなきゃって、分かってるけど」
「まぁ、その予感は正しい。なんてったって、あそこは極悪人の流刑地だかんね。
あんま知られてないけど。色んな意味で危険なとこだよ。
でもね、セイン国のそれを後回しにしなきゃいけないのには別に理由があるんだよ」
レイさんはそう言うと、クロちゃんの手を取って、かなり強引に手を繋いで歩き始めた。
クロちゃんはというと、繋がれたレイさんの手をつねって半ベソをかいている。
やめたれよ、と言いたいとこだけど、本当に嫌なら釘を差す(物理)だろうし、とりあえずほっとこう。
それにしても、流刑地だったんだ……道理で、情報なんか出て来ない訳だ……。
「セイン国には特別な転送陣があるんだ」
「転送陣って、柱の中にもあったやつかしら」
「そそ。しかもそれの親分みたいな、でっかいやつがね」
「へぇー……え、つまりどういうこと?」
「なんででっかいか考えなよー」
魔法陣が大きい理由、か。
それは、効果が強いとか、長持ちするとか、そういうことなんだろうけど。
でも転送で長持ちするって意味が分からないしなぁ。
私が首を捻って唸っていると、マイカちゃんが「どこにでも行けるとか?」と呟いた。
もしそうだったら、便利過ぎてヤバいじゃん。
「うーん、マイカちゃん惜しい〜! 正解は、【転送陣であればどこにでもワープできる】でしたー」
タネ明かしをして、レイさんはカラカラと笑う。
だけど告げられた内容が衝撃的過ぎて、私達の表情は強張っていた。
なにそれ、チートじゃん……。
「ま、これはわりと極秘事項だけどね。勇者の仲間がぽろっと口を滑らせたんだよ。
光の塔の中でさ。王国の巨大転送陣が使えればこんな苦労しなくて済んだのにって。
どういうことか問いただして聞き出したんだよ」
レイさんは圧が強いから、あの魔導師っぽいおじいちゃんが相手なら
簡単に聞き出せちゃう気がする。
それにしても巨大転送陣、か。
塔の内部には潜入できなかったとしても、離れた国に一瞬で飛べるなら、
それだけでかなりの時間短縮になる。
彼らの旅の道のりって、私達よりずっと楽だったんじゃないかって気がしてきた。
「青の柱を消したあとは、それを使って私達と合流すれば、手っ取り早いでしょ?
普通の転送陣ならあたしが作れるから。巨大転送陣の使い方は分からないけど、
まぁ上手くやってよ」
「なるほど……うん、分かった!」
どうしようかと迷っていたルートが決まると、ちょっとだけすっきりした気持ちになれた。
レイさんに感謝だ。
それにしても、先を急ぐなんて言って色んな人に救いの手を差し伸べることを
拒否した挙げ句、道中はそんな風に楽をしていたのか。
黒の柱の解放から何ヶ月もかけてのんびりハロルドに来てるし。
準備もあっただろうけど、それにしても彼らが人の為にベストを尽くしたとは思えなかった。
「……あいつらの好きにはさせない」
「久々にこの台詞を言うわね。勇者達、マジムカつく」
人当たりが良さそうな顔と態度でいるところが余計に腹立つよね。
私達が彼の顔を思い浮かべてぷりぷりしていると、手を繋がれていることを
完全に無視するようにクロちゃんが呟いた。
「あの人、空っぽみたいで、なんか気持ち悪かったな」
「え? そうだった?」
「全然、普通の好青年って感じだったわよね」
「あたしにはクロちゃんの言うこと、分かるなー」
「貴殿には分かってもらわなくていい」
「貴殿って」
クロちゃんはレイさんから視線をそらす。
二人の言ってる勇者と、私達が言ってる勇者は本当に同一人物なんだろうか。
印象に差違があり過ぎる気がした。
「街にいるときはまともなんだよ。ただ、人目がなくなるとね。特にあたしらなんて
人柱にしちゃえばもうそれっきりの存在なワケじゃん?
だから取り繕う必要がないって思われたんだろうね。ぼーっとしてて、
いつも心ここに在らずって感じで、なんていうか、感情が一切無いんだよね」
「黒の塔に入ってからもそんな感じだった。私はそんなに長く一緒にいなかったから、
話とかはしてないんだけど」
勇者には勇者の事情があるのかもしれない。二人の話からはそんな事情が推察できた。
でも好きじゃないものは好きじゃない。
そうこう話している内に、いつの間にか関所が見えるところまで辿り着いていた。
想定していたよりも順調なペースなので、今日はこのまま一気にコタンの町を目指そうと思う。