第50話
ミラは「やっと出てってくれるんですか!?」と嬉しそうな声を上げて、私達を転送してくれた。
本当は塔の途中に戻すものらしいんだけど、喜びのあまり一気に地上に帰してくれた。
どんだけ嫌だったんだろう。
私達はサライちゃんから預かった装置のボタンを押して正面を照らした。
目の前には扉がある。
ここを開ければ、すぐジーニアの街の真ん中だ。
私はサライちゃんから預かっていたフード付きのローブをレイさんに着せる。
本当は同じようにとんがり帽子が良かったんだけど、嵩張るからイヤって
マイカちゃんが一蹴したのだ。
「クロちゃんがその長い髪を切ってあたしのフードから垂らしてくれたら完璧だと思うんだけどなぁ」
「絶対イヤ」
クロちゃんはむすっとした顔で、抱き付こうとしているレイさんの顔をぐいぐい押している。
このまま二人をあの森の小屋に置いていくつもりなんだけど、仲良くやってくれるか若干心配だ。
「ま、おふざけはこんくらいにして。サライが脱出の準備をしてくれてんなら、不安はないけど。
あたしはしばらくこの街には戻ってこれないだろうね」
「そう、だね。一刻も早く巫女を開放して、戻れるようにするから」
「いやいや。新しい封印を作ったとしても、あたしはもう戻れないよ。
ほら、家のこととかあるしさ。戻ったら戻ったで色々問題でしょ」
そうだった。
町の人に惜しまれながら巫女の役割を果たそうとしたクロちゃんとは違う、
レイさんには複雑な事情があるんだ。
なんて声を掛ければいいのか迷っている私を他所に、あっけらかんと言ったのはマイカちゃんだ。
「でもあんた、別に街に戻ってこれなくてもいいんでしょ」
「バレた?」
「研究さえできればなんでもいいって顔してる。そもそも、あんなところに閉じ込められても尚、
研究に明け暮れてた奴が、今更街に戻れないくらいどうってことないでしょ」
「そそ。だから気にしないでね、ランちゃん」
そうして私達はゆっくりと扉を開けた。
扉の周辺はシートのようなものが掛けられていて、周囲からは見えないようになっている。
この処置も恐らくはサライちゃんとその協力者のものだろう。
少し離れたところからサライちゃんの声が聞こえてくる。
「だから言ったでしょう! あなた方がもっと早くにここを通してくれれば、
こんな大事にならなかったかもしれないのに!」
「そんな、我々は!」
「言い訳は聞きたくありません! 列車の魔力計器をそのまま調査機に使うので、
あなた方はそこをどけてください!」
おぉ、演技してる演技してる。
塔の入り口を覆うシートの隙間から覗き見るサライちゃんの表情は真剣そのものだ。
私には分かる、本当は今にも飛び上がりたいほど嬉しいだろうって。
大きな音と煙を吐いて列車が近付く。
私達はそろりとシートを抜け出して、人目を避けるようにしてサライちゃんの後ろに立った。
「あなた方、何をぼさっとしているの! 早く中に乗り込んで調査の準備を進めなさい!
私もすぐ行くから!」
「は、はい!」
怒鳴られた私達は違和感なく中に乗り込むことができた。
緊急事態だということで、内部の人払いは出来ているらしい。
誰も居ない列車の中は随分と広々としていた。
そして外は騒然としていた。まだ目視はしてないけど、柱が消えたのだ。
大きな騒ぎにならない方がおかしいだろう。
離れていろという声が聞こえる。
これは私達をなかなか塔に入れようとしなかったお兄さんの声だ。
多分、名誉挽回しようと周囲に集まる人を必死で遠ざけているのだろう。
そうしてサライちゃんが乗り込んで来て、レイさんと目が合う。
咳払いを一つして、列車の扉を閉めて。
部外者が見ていないことを確認すると、サライちゃんはレイさんの胸に飛び込んだ。
「お姉ちゃん!」
「サライ! すごいじゃん、あたしの研究、ちゃんと引き継いでてくれたんだね」
「ううん、ちゃんとなんて出来てない。お姉ちゃんに比べたら」
「そんなことないって。すごいよ」
レイさんはサライちゃんの頭を何度も撫でる。
目が合うと、姉妹はまた抱きしめ合って、互いの存在を確認しているようだった。
「なんていうか、元々こうするつもりでこの街に来たけどさ」
「うん」
「人助けできたみたいで、嬉しいね」
「そういうのは脱出出来てから言いなさいよ」
マイカちゃんは日除けが下ろされた窓の隙間を見ながら言う。
随分とクールだと思ったけど、彼女の言う通りだ。まだ作戦は終わっていない。
私は喜びを分かち合う姉妹に、控えめに声を掛ける。
サライちゃんは私達に深々と頭を下げてお礼を言った。
「本当にありがとう」
「ううん、上手くいって良かったよ」
「人が集まる前に出発しよう。きっと三人とも驚くよ。ね、コロルさん」
サライちゃんは無人の筈の座席を見ながらそう言った。
覗き込んでみると、背もたれよりも低い座高のおっちゃんが、腕を組んで座っていた。
私達は握手で再会の喜びを共有する。
おっちゃん、やっぱり手伝ってくれたんだ。
っていうかコロルって名前だったんだ。めっちゃ可愛いじゃん。
それからすぐにサライちゃんは隣の車両まで歩いていって声を掛ける。
そこは操縦室だった。きっと彼も数少ない協力者の一人なのだろう。
彼は振り返ってレイさんの姿を見ると、涙を流しながら汽笛を鳴らした。
「飛ばしますよ!」
そう聞こえて来たかと思うと、列車が動き出した。
マイカちゃんが青ざめた顔をしている。私は彼女の肩を抱いて近くの座席に腰を下ろした。
列車のスピードは勢いをますばかりで、窓の隙間から見える景色を置き去りにして
びゅんびゅんと走っている。
スピードとマイカちゃんの顔色の青さが比例していく。これはヤバい。
私は《《キラキラ》》を覚悟してたけど、しばらくしてマイカちゃんが顔を上げた。
彼女は親指をぐっと持ち上げて、こちらを睨みつけるように笑っている。
つまり、乗り物酔いを克服しつつある、ということだろうか。
仕草の真意を問うように顔を覗き込んで見ると、マイカちゃんは言った。
飲み込んだから大丈夫、と。
「きっっっっったな!!!!!」
私のドン引きの悲鳴は、汽笛にかき消されて、夜の街へと吸い込まれていった。