第45話
——何者だ
甲冑は確かにそう言った。
はっとして顔を上げると、斜め前でファイティングポーズを取っていた
マイカちゃんが少し後ずさって、動揺した様子で私の名前を呼ぶ。
どうやらマイカちゃんにも聞こえたらしい。
後ろを見ると、クロちゃんの表情はびっくりするくらい淡々としていた。
いやなんかリアクション取ろうよ、みんなで「え!?」ってなろうよ。
彼女の協調性の無さにがっかりしながら、私は問う。
あなたこそ何者なの、と。
質問を質問で返すのはいけないことだけど、問わずにはいられなかった。
「ふむ。私の名前はオーキードーキーだ」
「いや名前じゃなくてさ」
「っていうかあんた、随分とゴキゲンな名前なのね」
彼の声は鎧の中で反響しているみたいだ。
つまり、鎧の中は空っぽのように聞こえるということだ。
これまでも僅かな違和感はあったけど、音という要素が加わって、
その見立ては間違ってなかったと確信するまでになった。
「お前達にも分かりやすく言うと、私はここの最後の砦だ。封印を解くまでは
剣を欲する者が真に適正のある者かを問うため、そして封印が解かれてからは
ここに来る全ての者を排除するため。
私は悠久の刻をこの部屋と共に過ごすことになっている」
オキドキは槍を構え直す。
無駄のない動きで放たれたのは、演舞のように洗練された乱れ突き。
淀みなく繰り出される技が、一朝一夕じゃないことくらい一目見て分かる。
私なら一発目で致命傷を負ってると思うんだけど、ターゲットにされているマイカちゃんは
わりと涼しい顔で槍から身体を逃がしていた。
悠久の刻をどうのこうの言ってた存在と渡り合うって、本当にすごい。
「オキドキ。気付いてる? あんたの時間は必ずしも悠久にはならないってこと」
「む……どういうことだ」
「ここで私達に倒されれば、あんたの時間はそこで終わりでしょ、ゆっくり休ませてあげるわ」
「ほう。面白い。つまり悠久と有給を掛けた、ということか……」
「いや全然違うけど」
マイカちゃんは若干引きながらも応戦していた。
さっきまでは完璧に避けれていた攻撃を、小手で軌道を逸らして
いなすことが増えてきたのが気になる。
さすがのマイカちゃんと言えど、あの鋭い突きの連撃は堪えるのかもしれない。
たまに隙を見つけては蹴りを放ったりしているけど、今のところ
全て盾で弾かれるか、さっと避けられている。
あんなところに私が飛び込んでいっても、両者にボコボコにされるに決まってる。
かと言って何もしない訳にはいかないし。
ふいにデジャブを感じた。
こういうの、前にも経験した気がするな。
気のせいだと思おうとしたけど、それにしては既視感があまりにも強過ぎる。
戦いの最中だと言うのに、その正体を掴まないと集中できない程度には、私の思考を邪魔してくる。
そうして思い出した。
コタンの町で、ジェイと戦ったときに酷似してるって。
敵とサシでやり合うマイカちゃん、事情があって動けない私。
後ろには守るべき存在。
そこでやっと気付いた。
マイカちゃんは、待っているんだ。
疲れたから攻撃をいなして凌いでるんじゃない。
時間がかかりそうだと踏んだから、より多くの時間を稼げる戦い方にシフトしたんだ。
つまり、彼女は私のアイディアを待ってる。
私が何かを閃いて、この間みたいに指示を出す瞬間を、ずっと待ってる。
命掛けで。
「……はーっ」
いや無理でしょ。無理無理。
この間はたまたま思い付いたよ? でも今回のあいつ、ダメじゃん。
魔法効かないじゃん。効かないどころかリフレクトするじゃん。
属性が含まれる物理攻撃だからどうなるかは分からないけど……。
でも、この距離からあのときと同じような氷の刃を出せば、奴に届くのは魔法でできた氷のみだ。
……うぅん、吸収されると思うな。
それに、その後にどうやって鎧に吸収された魔力がはね返ってくるのか、想像が付かなくて怖い。
スウィングみたいに吸収だけで済めばいいけど……。
「……あっ」
そしてマイカちゃんの小手を見て、思い付いてしまった。
だけど、これはお互いに無事じゃ済まない戦い方だ。
その前に、もう一度だけ私はオキドキに聞いておきたかった。
「オキドキ! 本当に私達を通してくれない!?」
「通さぬ。お前ももう気付いているだろう。我々はモンスターではなく、
この塔を守る為、光の女神に命とその役割を与えられた」
うん、そうだと思ったよ。
白い蛇とか。羊っぽいのとか。
なんとなくみんな品がある感じのオーラだったしね。
あ、ゴーレムはちょっと分からないけど……私達が見える前にさよならしちゃったから……。
ゴーレムのことを思い出すと、なんとなく気まずくなる。
なんかズルしてるみたいっていうか。まあいいや。
「私達は、ここに居る女性を救いに来たの」
「光の巫女をか」
「そう! 世界を滅ぼすとか、そういうつもりは一切ないの!」
ふむ、そう言いながらもオキドキの腕は動きっぱなしだ。
そうしてひと際大きく槍を払うように振ると、吐き捨てるように言った。
「お前らがどういうつもりだろうと、私には関係ない。役割の為に命を与えられた私達は、
命が潰えるまで役割を果たすだけだ。それが道理だろう」
「くっ……」
やだ、こいつ……。
めちゃくちゃ正論言ってくる……。
しかしここまで話してよく分かった。
私達は分かり合えない。
こうも拒絶されれば、いっそやりやすいとすら思った。
私が右手で輪を作ると、横目でそれを見たマイカちゃんがニカっと笑った気がした。