第40話
私が魔法の勉強を始めてから数日後の深夜。
私達は真紅のとんがり帽子とマントを身にまとって街の真ん中、つまり光の塔の近くに立っていた。
周囲は魔法のような何かで照らされている。
街の至るところにある光源は【電力】というもので運用されているらしい。
雷系魔法から見つかった新たな力とかで、もっと研究が進めば機械で
それを生み出せるようになる日が来るとか。
にわかには信じがたいけどね、さすが魔法と科学の街だ。
その力で生み出された最も強い光が照らしているのがこの光の塔だ。
足元から見上げるように強い光が建物を真っ白く染め上げている。
観光と警備の両面から、この塔は厳重に警備されていることがすぐ分かった。
「みなさん。帽子はできるだけ深く被って。動じたりせず、粛々と。
私の研究室の生徒として大人しく振る舞って下さいね」
サライちゃんはそう言って私達を見る。
私達が身に付けているこの帽子とマントは、ルーベル学院の上級研修生にだけ
着用が許されたものらしい。
帽子のツバの部分にはこの地方の文字でルーベルという刺繍が施されていて、
この街の学生ならば、一見して尊敬されるような存在だとか。
ちなみにサライちゃんの帽子はツバからとんがってるてっぺんに向けて、
赤から黒のグラデーションというカラーリングになっている。
マントも同様に、肩から裾に向けて黒になっている。
これはルーベル学院の研究室のトップにだけ許された装いで、
この街の中でもあれを着用しているのは十人にも満たないらしい。
分かっていたけど、本当の本当に優秀な子なんだ。
だけど、サライちゃんはいつも「姉と比べたら私なんて」と言って謙遜する。
謙遜なのかは分からないけど。
でも彼女の言うことが事実だとしたら、レイという彼女の姉がやっかまれるのも無理はないと思った。
宿に迎えにきたサライちゃんと少し一緒に歩いただけで分かる。
制服を身に纏った彼女の姿を見かけて、指を指す人や、握手を求める人がたくさんいたから。
塔の入口を警備している二人組に近付くと、サライちゃんは淡々と言ってのけた。
塔の周辺から異常値を感知したので調査させて欲しい、と。
一時的に意思疎通を補助するスペクタスという魔法をかけてもらっているおかげで、
私達にも彼らの話す言葉がわかる。
いつまで保つかは分からないけど、やっぱり人の言葉がわかるというのは便利だ。
ずっとこのままでいいのに。
「いくらサライさんでも……我々は聞いておりませんし」
「そうですね。急ぎだったもので。管理責任者である父には話を通し、鍵は預かっております。
これで証明にはなりませんか」
「おい、いいだろ。サライちゃんがこんなワケ分かんねぇ嘘吐くかよ」
「俺だってそんなことを疑ってるんじゃない、ただここで通したら俺達の役割が」
「ったくオメーは固いな」
「お前が適当過ぎるんだ」
警備の二人は何やら揉めている。
好きにさせておけばいいと言うおじさんの方はいいとして、あのお兄さんはすごく真面目だ。
そして、彼の勘は正しい。
私とマイカちゃんは目を合わせて、なんとかお互いの気持ちを落ち着かせようとしていたけど、
サライちゃんの調子は変わらなかった。
いや、むしろチャンスとばかりにノリノリだった。
「急いで下さい。この数値の異常。前に光の柱が出現したときとは波形パターンが似ているんです。
塔に異変が起こっていることは間違いありません。最悪、光が消えてしまうことも考えられる」
なるほど、そんな言葉が口を突いて出そうになった。
ここでこういう言い方をしておけば、光の柱が消えたとしても、
間に合わなかったという一応の言い訳が立つ。
それに、これだけ厳重に保護されているものが失われるのは、警備の人達だって困るだろう。
睨み合うサライちゃんとお兄さん。二人は無言で真剣な表情をしている。
視界の隅でクロちゃんが懐から藁人形を出そうとしたのが見えたから、
手首をがっと掴んで阻止した。それはまだダメだって。まだっていうか絶対ダメ。
「あぁもう、分かりました! ただ、何かあればすぐに我々に知らせて下さいね」
「ありがとうございます。では」
私がクロちゃんを止めている間にお兄さんは折れてくれた。
やったーなんて言い出しそうになるのを堪えてマイカちゃんを見ると、
彼女は両手で口を抑えている。多分この子、私よりも危うい状態だったな。
「これは先日聞いたことなんですが、中はモンスターの巣窟となっているようです。
くれぐれも油断しないように」
サライちゃんの言葉に、私達は無言で頷く。
だけど心の中はびっくり祭りだった。
私を挟むように両隣に立っている二人も、同じように目を見開いている。
だって、モンスターの巣窟なんて聞いていない。確かめたりはしてなかったけど、
クロちゃんを救った時は中が空洞みたいなものだったし。
同じじゃないの? というか街の真ん中の塔がモンスターだらけなんて想像付かないでしょ。
私は塔を見上げる。
この塔、近付いてみて気付いたけど、黒の柱の塔よりもずっと大きい気がする。
まさか、中がダンジョンみたいになってる……?
ガチャンという音が聞こえて、大きな扉がゆっくりと開かれる。
中は暗くて見えないけど、通路になっているようだ。
中の構造全然違うじゃんという心の叫びは今は置いとく。
私達はサライちゃんのあとに続いて塔へと入っていった。