第39話
サライちゃんの方の準備が終わるまでは各自自由に過ごす期間とした。
クロちゃんは紹介してもらった宿でのんびり過ごしていて、
マイカちゃんの手が空いているときは一緒に観光する予定だとか。
本当は好きに街を歩かせてあげたいんだけど、勇者がどこにいるか分からないので、
苦渋の策でマイカちゃんに付き添ってもらうことにした。
私? 私はたまに雑貨屋に寄って旅に役立ちそうなものを見たりして、
残りの時間はずっと図書館で過ごすようにしている。
閉館時間になると、魔法の使用が許可されている公園に行ってその日学習した呪文を試している。
魔法の使用が許可されている公園ってなんだよって思うかもしれないけど、
ジーニアにはそういう場所がいくつも存在する。
魔導師の予習復習も楽じゃないみたい。
まぁ私が今してるのは、それと全く同じことなんだけど。
呪文については、関わりのありそうな地域の基礎的な呪文を中心に書き出すことにした。
ルクス地方とここキリンジ国。
あとは青の柱があるブルーブルーフォレストに、赤の柱があるルーズランド。
と言っても、ルーズランドの呪文を調べるのは苦労している。
あの一帯は魔法を扱う人がほとんど居ないのかもしれない。
メモには地域ごとにページを分けて書くことにしているんだけど、
ルーズランドのページだけまだ白紙だ。
さきほど閉館時間になったので、私は公園へと向けて歩いていた。
図書館を出てすぐの公園は混んでいるのでパス。
もうちょっと宿に近いところで空いている公園があるのだ。
道すがら考える。勇者は今どこにいるのだろうか、と。
私は九割くらいの確率で、彼らは黒の柱の状況を確認した後、
青の柱に向かっていると思っている。
ハロルドの長老に挨拶したときの言葉を、私は忘れていない。
「セイン国の王子」、彼はそう名乗った。
地理に疎いので知らなかったけど、ブルーブルーフォレストはセイン国が治める一帯なのだ。
国土の端にある砂漠の中のオアシスで、青の柱は水の中にそびえるようにして建っているとか。
ちなみにこれらは全部、図書館で仕入れた情報だ。
私が勇者だったら、自分のホームでもある国にとりあえず立ち寄るだろうから。
だから私達を追ってる可能性は低いと思う。
そして図書館で仕入れた情報はそれだけではない。
今年もハロルドの祭りは盛大に行われた、という新聞の記事を見つけた。
何事も起こらなかった、それを確認した私はほっと一安心した。
ちなみに、私がした妨害のことは書かれていない。
事前に見つかって処理されてしまったのだろうか。
まぁ黒の柱を消せた今となってはどうだっていいけどね。
要するに時間が有り余っているのだ、勇者側は。
剣を抜くタイミングとしては最短で次の祭りの時期以外有り得ない。
街にいる人間の魂の数だけとか、そういう話をしていたから、そこを外す理由はないはずだ。
考えれば考えるほど腹の立つ話だけど、つまり来年の今頃に再チャレンジする、
それが彼らの目標であることは間違いないと思う。
ここまで考えてみると、彼らは私達のことを追っていない気すらしてくる。
白の柱まで再び封印すれば、更にその線は濃厚になると言っていい。
「あぁこいつらは全部の柱を消す気なんだろう」と思うだろう。
となれば赤か青、どちらかの塔で待っていればいいのだ。
わざわざ探し回る必要なんてない。
勇者達はどこで待っているだろう。
順当に考えればセイン国のある青の柱だろうけど。
裏をかいて赤の柱、というのも考え得る。あの勇者、腹黒で性格悪そうだし。
「まっ。考えても仕方ないか」
私は公園に辿り着くと、大きく伸びをした。
読書で凝り固まっていた肩がほんの少し楽になっていく。
マッサージなんて痛いだけの人間だったけど、
今されたら「あ〜〜」なんて言って腑抜けた顔をしてしまいそうだ。
周りの人を見てみると、そのほとんどが魔導書を手に呪文を唱えているけど、
私にはそういうものは何もない。
強者なんじゃなくて、普通に構える本が無いだけ。
あそこの本、貸し出し厳禁なんだってさ。
魔法の練習スペースとして、白線で地面に線が引いてある。
どれだけ混んでいてもこの枠の中で二人以上が呪文を唱えることはないんだとか。
呪文同士がぶつかって暴走することなどを防ぐ処置のようだ。
ま、一緒に魔法を勉強する友達なんていないから、あんまり関係ないんだけど。
片手を前に出して、イーラと唱えてみる。
すると、目の前に腰くらいの高さの炎が出現し、数秒経ってすぐ消えた。
今日もこの魔法は普通に使えることを確認すると腕を組む。
昨日唱えて発現に成功しているイーラをわざわざ唱えたのには理由がある。
その日の天気や体調によって魔法の威力が変わらないかを確認したかったのだ。
そして、昨日と違いがあるようには見えない。
つまり、本に記載されている通り、その地域の正しい言葉を使えば効果は均一に現れる、
というのは間違いなさそうだ。
「……そういえば、ここでトーラを唱えたらどうなるんだろう」
ものは試しだ。
私はルクス地方の火の魔法を唱えてみる。
何も出てこないかと思ったけど、薪ができるくらいの炎が現れてくれた。
何これ可愛い。暖かい。
図書館で主に読んでいるのは、魔法全集という辞典のようなものだ。
魔法の発現の度合い等については詳しく書かれていなかったので自分で試してみた。
ルクス地方はそんなに離れていないから少しだけ呪文の効果があるのだろう。となれば。
「ファイズ!」
セイン国周辺の火の魔法を試してみても、やっぱりさっぱりだ。
ここから遠く離れてるからだと思う。
こんなことなら、実験の為にキリンジ国の周辺地域の火の呪文をもうちょっと調べておくんだった。
行かない地域の呪文だと思って飛ばしてしまっていた。
それから私はいくつか今日調べた呪文を試した。
この間の洞窟での戦いは非常に参考になった。
これからも何かしらの理由で発動に制限をかけなくてはいけない場面は絶対に出てくる筈だから。
周囲への影響を気にせずに唱えられる呪文は一つでも多く知っておきたい。
時間はあまりない。
サライちゃんがゴーサインを出すまでの猶予しかないので、私は明日作戦を決行すると
言われても問題ないよう、全力で準備をするだけだ。