第37話
大図書館というだけあって、ジーニアのそこは圧巻の光景だった。
アクエリアで見た図書館もすごいと思っていたのに、ここはあそこの
五倍くらいの広さはあるだろう。
もうどこから見ようかなと迷うことすらままならない。
ぽかーんって感じ。どこを見ても本だらけだ。
私達は後で遅れて合流することになっていたサライちゃんから借りたパスを使って
簡単に中に入ることが出来たけど、パスをお持ちではない方はこちら、なんて
色んな言語で書かれた看板を先頭に、様々な人が長蛇の列を作っていた。
中に入ると入館許可証と一緒に眼鏡が渡される。
これは文字の翻訳機らしくて、これを通して見ると、大体の本が読めるようになるらしい。
便利過ぎて怖い。
職員の人に呪文にまつわる書籍がある場所を聞くと、属性を聞き返された。
とりあえず言葉が通じたことに安堵したけど、属性ごとにエリアが違うとか、
規模が大きすぎてちょっと意味が分からない。
困っているとクロちゃんが、全般的な入門書が見たいと伝えてくれた。
なるほど、そういう言い方をすればいいのか。
自慢じゃないけど、まともに勉強なんてしてきたことが無かったから、
分からないことの調べ方すら分からない。
ちょっと恥ずかしい気持ちで館内を歩いて、適当な一冊を手に取る。
【各地方の呪文全集】という本だ。
各地方の、というのがよく分からないけど、この際だからその辺も勉強しておこう。
私が本を選び終わった頃、隣ではマイカちゃんも同じように一冊の本を持って、
キラキラとした目をしていた。
嫌な予感がして手元を覗いて見ると、そこには
【詠唱のイメージとその極意・ワンランク上の詠唱を目指したいあなたへ】という本が抱かれていた。
「マイカちゃん」
「私も勉強しないと」
「あのね、マイカちゃんは、前世で精霊を大量虐殺したの? ってレベルで、
奇跡的に才能がないんだから、いきなり応用から入るのはいけないことなんだよ」
「殺す」
殺意を向けられながらも、私はマイカちゃんにその本を戻させる。
言っちゃ悪いけど、こんなの時間の無駄だし。
そこで私は気付いた。彼女の小手に仕込んだ精霊石について、制約やらを説明していないことに。
といってもここでは場所が悪い。私達の声が響きまくる。
読書スペースと書かれた看板を頼りに、多少の雑談が許されるところまで移動する。
そうして私は彼女に伝えた。
「言い忘れてたけど、マイカちゃんの小手に入っている精霊石の使用について、
いくつか制限があるんだよ」
「え、そうなの?」
「ちなみに私は気付いていた。精霊石の性質を考えれば当然だけど」
「クロ、それ本当? じゃあ言ってみなさいよ」
「あらかじめ込められた精霊の力しか使えない。そしてその力は一度しか使用できない。
使用したら能力者、つまりランに新たに精霊の祝福を授けてもらう必要がある。どう?」
「すごい、全部正解」
私はクロちゃんの正解っぷりに少し感激していた。
この子はやっぱり、基礎を知っている子だ。
まぁ基礎を知った上であんな呪い紛いの魔法の使い方してるところがまたすごいんだけど。
だけど、言ったことは全てその通りで、私が言うべきことはもう一つしかなかった。
「右の小手には炎の精霊、左の小手には氷の精霊の力が込められてる。
かなり変則的だけど、銃の類と同じだと考えればいいよ。
弾を込めなければ発動できない、簡単でしょ?」
「うーん……そうね。私は元々魔法はからっきしだったんだから、それでもランに感謝すべきよね」
こと魔法に関しては真摯なマイカちゃんだ。
文句を言うことなく、この制限を受け入れてくれた。
前にも言ったかもしれないけど、普通はこんな運用の仕方はしない。
精霊弾というものはあるけど、あれは完全に銃の形をしてるし。
これは私が側にいることを前提とした、かなり特殊な力の使い方だ。
「変則的だけど、ランはよく考えたと思う。小手に精霊石を仕込んだと聞いた時は
なるほどと思った。あとは、マイカがその小手を使ってちゃんと発動するのか、そこだけが問題」
「は? 何よそれ。どういう意味?」
「通常、加護の力を攻撃に転じる時は、込められた精霊の地力と、使用者の魔力が乗算的に発動される」
私はひやひやしながらクロちゃんの発言に耳を傾けていた。
この子、いますごくよくない言い方をしようとしている気がする。
私の予感は直後に的中した。
「ゼロにいくら掛けてもゼロでしょ。そういうこと」
「殴るわよ」
「って言えってランが言った」
「言ってないよ!?」
いきなり罪をなすりつけられて、慌てて両手を振る。
咄嗟に殴られると思って防御したけど、マイカちゃんの行動は斜め上を行くものだった。
「炎の女神よ……!」
「それはヤバいって!」
私はマイカちゃんの右腕を両手で押さえつけて胸に抱える。
私が付与したのは女神じゃなくて精霊の力だったから、
今のは不発で済んだけど……あっぶな……。
「マイカちゃん、あのね、ここでそんな力を使って発動できちゃったら、
ここにある書物が全部燃えるかもしれないんだよ」
「クロの言う通りなら、私の魔力でそんな大惨事にならないでしょ。
ちょっと試してみたくなっちゃっただけよ」
ちなみにクロちゃんは図書館で、よりにもよって炎の魔法の類を使おうとした
マイカちゃんにドン引きしている。もう目が怯えてるもん。
怖いよね。私も結構怖い。