第35話
学術都市、ジーニア。
名前だけは聞いたことがあった。
多種多様な学問を学べるところで、ジーニアの学校に通い、そこで研究することは
世界中の学者の夢なんだとか。そんな噂だけど。
いつか誰かが言っていた。
知りたいことがあるならジーニアに行け、って。
「ここ、なんなの? こわい」
背の高い建物が立ち並び、夜だというのに様々な色の照明が街を彩っている。
街の門を潜ったときなんて、「ようこそ。魔法と科学の街、学術都市ジーニアへ」という声が
どこからともなく響いた。それも色んな地方の言葉で。
驚く私達を見た住民はクスクスと笑っていたけど。
でもいきなり声だけ聞こえたんだから仕方ないよね。
知らなかったらびっくりするよ。
「とんがり帽子……あれ、みんな魔導師なの?」
「そうですよ。彼女たちはまだ学生ですけどね」
声に振り返ると、そこには同じようにとんがり帽子を被った金髪の女性が立っていた。
歳のほどはマイカちゃんと同じくらいに見える。
背が高くすらっとしていて、眼鏡の奥からは青い瞳がこちらを見つめていた。
表情は穏やかだけど、吸い込まれそうでちょっと怖い。
「突然すみません。私の言葉、分かりますか?」
「え? えぇ、そりゃ、まぁ……」
私だって学生という言葉くらい知ってるけど……ここまで立派じゃないけど、
アクエリアにも学校はあったし。私は通ってないけどね。
呆気にとられていると、彼女は言った。
ルクス地方の言葉はまだ勉強中なんです、と。
流暢な言葉だったので全然違和感がなかった。
ルクス地方というのは私達の住んでいる土地を、ざっくりとひとまとめにした言い方だ。
もしかすると、彼女は他の地方の言葉も話せるのかもしれない。
「……つまり、あなたはたまたま私達の言葉を喋れたから良かったものの、他の人達は」
「そうですねぇ。すぐそこの案内所に翻訳機が売ってますので。あちらからは交通の便が悪いので
観光客の方は少ないですが、ルクス地方の言葉は翻訳機の対応言語だと思いますよ」
「翻訳機……? つまり、それを使えば普通にここの人と話せるようになるってわけね?
ラン、私達も一個は持っておいて損はないわよ」
「う〜ん、金額次第かなぁ。あると便利そうだしね。いくらするのか知ってる?」
「たしか、一個100000チリーンほどだったと思います、結構お買い得ですよ?」
「諦めようね」
マイカちゃんは一瞬でムスッと膨れる。
そりゃ便利だけど十万はキツいって……お金を稼いだりできれば話は別だけど、
言葉が通じないならそれも難しいし。
私が悩んでいると、クロちゃんまで買った方がいいと思うなんて言い出した。
これで二対一だ。
「随分悩んでらっしゃいますね」
「そりゃね……」
「私はサライ。こんなところで立ち話も何ですし、良かったら私の寮のカフェテリアに行きませんか?」
そうして私達は、道端で簡単に自己紹介を済ませて歩き出した。
サライちゃんはここの最上位学術機関であるルーベル学院の二年生だそうだ。
謙遜している様子だけど、超天才じゃん、この人。
私達の言葉を淀みなく話せることについても納得してしまった。
彼女自身の話も興味深いけど、町並みも気になるものだらけだ。
何に関心を向けていいのか分からなくなって、子供みたいにはしゃいでしまう。
光の柱の塔がかなり近いとは思っていたけど、塔はなんと、街の中心にあった。
塔を囲うようにしてジーニアが作られていると言っても過言ではないくらい、本当にど真ん中に。
まるで剣の台座が街の中心部にあるハロルドのようだ。
大きな道の真ん中を走っているのは列車と呼ばれるもので、
現在は実験的に街の中を低速で走らせているとか。
テストが終わったら実用に踏み切るのだとサライちゃんは言った。
ジーニアとルクス国の関所を結ぶ予定らしい。
それによりもっと早く人や物資の行き来ができるようになると、彼女は鼻息を荒くしていた。
なんと街の外れから途中まで、もうレールと呼ばれる、列車が走る通路を引いているらしい。
街の中で動きを確認しつつ、先の段階を見据えて動いている。
彼女の語ることが夢物語ではなく、現実的な計画であることを思い知った私達は、
感嘆の声を漏らした。
「すご……別に早くなくても十分有り難いよね」
「本当にね。楽できるってだけで大発明だよ」
「柵があるから分かるでしょうけど、中に入っちゃ駄目ですからね」
サライちゃんは真面目な顔で、わざわざ振り返って注意を促す。
大丈夫、さすがにそんなことしたりしない。
っていうかそれ、下手したら死ぬよね。ぐちゃって。
そうして目に映るものをサライちゃんに訪ねまくって、気が付くとカフェテリアとやらに居た。
彼女は上客らしく、店員さんと目を合わせた瞬間、人気のない奥の部屋へと通されたのだ。
そこは目隠しに長い布が垂れ下がっていて、一部屋一部屋が完全個室のようになっていた。
私達は三部屋ある内の一室に入って腰を落ち着ける。
彼女は、一体何者なんだろうか。
私の視線に気付いたようで、サライちゃんは柔らかく微笑む。
そしてポツリと言った。
「オニキスニエから来た、そうでしょ?」
「えっ……」
「分かるよ。そのマント、オニキスニエの巫女の家系の者が身に着けているものに似ている。
魔力の反応もあるし」
彼女は腕に付けた小さな計器のようなものを見ている。
これまで私達と敬語で話していた彼女はどこへいってしまったのだろう。
不穏な感じはちょっとするけど、不思議と嫌な感じはしない。
外では思うように話ができなかった、今は周囲を気にすることなく何かを
打ち明けるつもりでいる、という風に感じる。
私達は顔を見合わせながら、サライちゃんの問いに頷いた。