第32話
ドワーフ。
彼らのことをものすごくざっくり説明すると、小さくて力持ちで手先が器用。
以上。
あ、もちろん、ドワーフの中にも不器用だったりあまり力が無い人もいるらしいので、
あくまで標準的な話として、ね。
で、私達の目の前にいるおじさんは、多分標準的なそれだと思う。
長い眉毛とヒゲで顔のほとんどは隠れていて、角の生えた緑色の兜をかぶっている。
腕を組んでいるので余計強調されているのかもしれないけど、筋肉隆々だ。
付けているエプロンなんかは親近感を覚える。
もしかして、彼は……。
私がドワーフという生き物をちゃんと見たのはこれで三度目だ。
というのも、ハロルドを訪れた冒険者の中に混じっていたことがあるから。
あとは、鍛冶の修行としてマチスさんを訪ねてきたドワーフがいた。
彼らは気さくで話しやすかったので、私は勝手にドワーフという種族に親しみを覚えている。
「あの……うちのクロが、何か……?」
なのでこんなにあからさまにキレ散らかされると結構傷付く。
私が様子を窺うように首を傾げると、ドワーフのおっちゃんはマシンガントークで話し始めた。
「ΓΓΓγΓγΓγ!Γγγγ!!!」
やっば、何言ってるか分かんないんだけど。
マチスさんの家に来たドワーフはしばらく泊まり込みで修行してたみたいだし、
もしかしたらマイカちゃんがちょっとわかったりしないかな、と思って隣を見る。
なんと彼女は鞄から干し肉を取り出そうとしてるとこだった。
「ねぇ小腹が空いたのは分かったけどこの人の神経逆撫でするようなタイミングで
干し肉食べようとするのやめて!?」
「でも腹が減っては戦はできぬと言うし」
「戦確定なの!? マイカちゃんには和解するって選択肢がないの!?」
「だって何言ってるか分かんないし」
「何言ってるか分かんないからしばくって、マジで危険な発想だから改めた方がいいよ」
遂に干し肉を頬張り始めてしまったマイカちゃんは私の背中の後ろに隠して、
なるべく見えなくなるようにした。
もう駄目だ、この子と話しても埒があかない。前から分かってたことだけど。
お互いに学習しないから私達っていつも同じような喧嘩ばっかりするんだろうな。
あ、冷静に考えたらなんかちょっと凹んできた。
「えぇと……」
何を言ってるかわかんないおっちゃんは置いといて、私はクロちゃんに事情を聞く事にした。
彼のキレっぷりを見るに、クロちゃんが何かをやらかした可能性が非常に高い。
何もないのにこんなに怒るってそれはそれでヤバいよね。
クロちゃんが話しやすいように、私は努めて優しい表情を作った。
これから怒られるかもしれないなんて思ったら言いにくくなっちゃうかもだし。
「クロちゃん、何があったか教えてくれる?」
「……あんまり言いたくない」
「言わないと。この人何言ってるか分かんないし。ね?」
「端的に言うと、おしっこをかけてしまった」
「どんな出来事が起こったらそんな端折った説明が爆誕するのか分からないから、
悪いんだけど順を追って話してくれる?」
私の頭の中はパンク寸前だった。
なに?
おしっこをかけた?
いや、それならこのおっちゃんが臭くないとおかしいじゃ……あ、ちょっと待って。
なんかする。尿の香りする。え、クッサ。
キレてる暇あるなら適当なところで身体流しなよ、このおっちゃん。
「この辺は草の背が高い」
「まぁそうね。しゃがんですると草にお尻撫でられたりするわよね」
もっくもっくと音を立ててマイカちゃんは私の背中からひょっこり顔を出す。
この子、おしっこの臭い嗅ぎながら干し肉食べるとかイヤじゃないのかな。
「本来なら何もないところを探したり、草を適当に潰したりして場所を確保する」
「うんうん。そうだよね」
ここまではまともだ。とっても。
私は腕を組みながら彼女の話に頷いていた。
「だけど時間が無いから」
「え? 時間? 私、急かしたりしてないよね?」
「分かるでしょ。漏れちゃいそうだったということ。エックスデーが近かったの」
「時間の単位をデーにしちゃったら私達は毎日おしっこをする生き物なんだから
毎日がエックスデーになっちゃうよ」
「だから私は下着を下ろして立ちションに挑戦したの」
「そのチャレンジ精神が芽生えた経緯についても聞いていい?」
クロちゃんが発言する毎に狂ったことしか言わないから全然話が進まない。
いや私が気にしなければいいことなのかもしれないけど、これを気にしないで
生きていられるならもはや私の旅の目的も分からなくなる。
だってそれって、自分や身の回りの人の生死だってどうでもいいレベルじゃない。
ちなみにクロちゃんは本当に語ってくれた。
外で隠れてトイレする度に、男の子だったらもっと楽だったんだろうなって思ってたって。
なんか思ったよりもイカれた理由じゃなくて逆に反応しにくい。
確かに立って用を足せたら楽そうだよね……。
「おしっこが前に跳ぶようにちょっと上体を逸らしたから下を見てなかったの」
「……まさか」
「そう。お昼寝中のドワーフさんにじょぼじょぼかかってた」
言葉を失った。
世の中には、こんなに淡々と自分が他人に尿を引っ掛けた話をできる女の子がいるんだって。
驚きで語彙が死んだ。
死んだままだと旅にならないので一気に活性化させて、私はため息をつく。
「マジで言い逃れのしようがないレベルでクロちゃんだけが悪いから私達も一緒に謝ろ」
そうして三人で頭を下げる。
私達の謝意は伝わったのだろうか。
おっちゃんが「来い!」という感じで手招きをするので付いていくことにした。