第29話
目を覚ますと、そこは温かい布団の中だった。
え、ベッド?
私、どうして。
ゆっくりと身体を起こしながら、前回意識をどのように手放したのかを思い返してみる。
「そうだ、私、ジェイと……!」
「はいストップ。私からじゃなくて、ドクターからね。私もランも」
すぐ横のベッドには、私と同じように身体を横たえるマイカちゃんが居た。
そうだ、マイカちゃんはジェイにかなり酷い手傷を負わされているはずだ。
彼女の身体は大丈夫なんだろうか。
というか、ここはどこなの? 私達、あれからどうなったの?
「あー……私もお腹が痛くて先生呼べないから。本当は、ランが目を覚ましたら
すぐに知らせろって言われてたんだけど」
「ここはどこなの?」
「コタンの町よ」
そうしてマイカちゃんは語った。あの後の話を。
ジェイを倒した私はすぐに意識を失って、連れ去られた女の子達と一緒に、
マイカちゃんがここまで運んで来てくれたらしい。
ちなみに、洞窟でのびてたモンスター二匹は、ボスが死んだのを察知して
すぐに逃げたみたいで、町までは安全に戻ってこれたようだ。
全員とはいかなかったけど、何人かは助けることができた。
先に帰した二人が住人に事情を話していてくれたらしくて、
マイカちゃんと私はすぐに保護されたとか。
「そう、だったんだ……マイカちゃんだって怪我してるのに、ごめん」
「私の方こそ。役に立たなくて、ごめん」
ちょっと耳を疑った。だけど、彼女は確実にいま、私に謝った。
は? バリバリ役に立ってますが?
っていうか役立たずは私の方ですが?
「もっと強くなる」
いやマイカちゃんがそれ以上強くなったらヤバいでしょ。
っていうか強くならなきゃいけないのも私の方なんだって。
本当に何を言ってるんだ、この子は。
同じ言語を話しているはずなのに、全然会話が噛み合わない。
私達は誰も得しない謝罪合戦を繰り広げて、その騒ぎを聞きつけたお医者さんがやってきた。
というか、お医者さんというのは、クロちゃんを預けたあの旦那さんだった。
「目が覚めたか! 良かった! 町の人達はみんな二人に感謝してるよ! 本当にありがとう……!」
「は、はぁ……そうですか……」
感謝されるのはそりゃ嬉しいけど、そんなことは正直どうだっていいんだよね。
私達はキリンジ国に向かわないといけないんだから。
どうしよう、全治三ヶ月とか言われたら。
あの窓、はめ殺しじゃなかったらあそこから脱走できるな……。
「あと二、三日は安静にしていてほしい。と言いたいところだけど、急いでるんだろう?
妻の治癒魔法で最短でここを発てるようにするよ。意識さえ戻ってくれればこっちのものだ。
一日でどうにかしてみせる。だから明日までは安静にしていてくれないか」
一日くらいなら、まぁ。私達は目を合わせて、そのあと旦那さんを見て小さく頷いた。
ドアの向こうから声がする。クロちゃんだ。
「二人が寝てる間に許可証の発行手続きしてきた。モンスターを退治した一行だって知られたら、
すぐに発行してもらえたよ」
「ホント!? ありがとう! いったた……」
喜びで身体を起こすと、脇腹に疼痛が走る。
そうだった、怪我してるんだった。
今日は指示通り安静にして、出発は明日にしよう。
なんだかまだちょっと眠いし。
「クロから聞いた。君たちは白い柱を目指していると。ならば山を超えて、
脇目もふらずに柱の方を目指すといい。途中の村などはない厳しい道のりだが、
君たちならきっと何とかなる。途中の村の人々は柱の話になると
目の色を変える者も多いと聞くから、避けた方が無難だ。
学術都市ジーニア。君たちが目指す白い柱の塔のふもとにある巨大都市にたどり着くはずだよ」
「そうですか。何から何まで、ありがとうございます」
「馬鹿言っちゃいけない。世話になったのはこっちの方だ。……良かったね」
おじさんはマイカちゃんを見てそう言った。
私が不思議そうな顔をしていると、マイカちゃんは顔を真っ赤にしておじさんを睨みつけている。
助けてくれた人にそんな顔しちゃ駄目だと思うんだけど……何その般若みたいな顔……こわ……。
「もう! 言わないでって言ったのに!」
「ごめんごめん。この子、君を背負ってきたとき、泣いてたんだよ」
「え……」
私は驚きを隠せなかった。
マイカちゃんが私のために、泣いた……にわかには信じがたい情報だ……っていうか……。
「マイカちゃんって、泣くんだね」
「アンタ身体治ったら覚えときなさいよ!!」
マイカちゃんの怒鳴り声と、おじさんの笑い声が部屋に響く。
クロちゃんは相変わらず淡々としているように見えるけど、よく見ると嬉しそうにしている、
ような気がしなくもない。
みんながそれぞれの表情で今を生きている。
その瞬間、今更ながらに「本当に生還できたんだ」という実感がなんとなく湧いて、
私は幸せな気持ちで再び目を閉じた。
通行証も手に入れて、次に目指すところもはっきりして、本当に良かった。
人に手を差し伸べて、モンスターを倒して、町を救って、感謝されて。
私達って勇者みたいだな、って。ちょっと思った。