第28話
弾丸のように迫り来るジェイは、あっという間にマイカちゃんとの距離を詰めると、
鋭い爪を振り下ろした。
小手で受けたマイカちゃんだったけど、その音の鈍さに私は肝を冷やす。
マイカちゃんはなんとか持ちこたえたらしい手を軽く振って、
調子を確かめながらジェイと距離を取った。
追い縋るジェイの横に炎の刃を振ってみるけど、私の攻撃は空振りに終わる。
別にいい、当たるとは思ってなかった。
とりあえずマイカちゃんが追撃されなければ、今の場面では上出来だったのだ。
たった一瞬剣を交えただけなのに、私の息は上がっていた。
極限状態で消耗される体力がこれほどとは思っていなかった。
まるで、これまでしてきた全ての戦いがおままごとだったとあざ笑われているような気持ちだ。
マイカちゃんも軽く肩で息をしている。
あの子が疲れているところなんて、私は数えるほどしか見た事が無い。
とっとと決めないと、マジでヤバい。
私はそう察知して、遂に禁じ手である魔法に頼ることにした。
「大地の精霊よ! あーと、なんかよく分かんないけど、あいつを潰して!」
「はぁ!? そんなで気高い精霊達が」
マイカちゃんの抗議を待たずに、天井から手のひらが生えてきて、叩き潰すようにジェイを襲う。
唐突に魔法を使われたというのに、奴の反応は敵ながら見事なものだった。
さっと横に飛んで大きな手のひらを躱すと、追撃に備える。
それが無いと分かると、魔法を使える私のほうが厄介だと判断したのか、
即座にこちらに走ってきた。速いっ。
私は咄嗟に双剣でジェイの攻撃を受けようとしたが、触れただけでも
ダメージがあるのは、赤い手下共との戦いで学習済みらしい。
フェイントを掛けられていることに気付いたのは、ジェイの鋭い蹴りが
私の横腹を捉えるのと同時だった。
「ぐあっ!!」
「ラン!?」
身体に衝撃が走って、全身が痛い。
動かない筈の身体を起こしてくれたのは、囚われた女性達だった。
一撃で壁まで飛ばされたらしいことを知りながら立ち上がる。
私を気にかけるマイカちゃんに、すぐに伝えなければいけないことがあった。
「私は大丈夫だから!」
そうだ、私は大丈夫。
一応防具の上からだったし、ふらふらするのも脳震盪のようなものだろう。
立っても骨まで響くような感じはしない。
いや、折れてたとしても今は痛みを感じない、だから大丈夫って言ってもいい。
私のことなんて気にしないで。
マイカちゃんもジェイも、どちらも近接タイプだ。
さっき使ってみて分かったけど、大地の精霊の攻撃はかなり広範囲になるし、
なかなか使いどころはないだろう。
下手をするとマイカちゃんまで巻き込んでしまうことになる。
私がもっと詠唱とか力の使い方を熟知していればどうにかなったのかもしれないけど。
こんな時にぐだぐだ悔やんでいても仕方がないけど、考えずにはいられない。
でもだからと言って、ここで炎の精霊の力に頼るのも得策とは言えないだろう。
出来たとしても、下手を打てばそこで怯えている女の子達まで巻き込んでみんな丸焼けだ。
自慢じゃないけど、私はそんな力の加減を意識したことはないし、出来る自信もない。
マジでシャレにならない。
それに精霊の力はその場の環境にかなり依存する。
使うとしたら部屋を照らしている松明の炎だけど、
それだってマイカちゃんを巻き込んじゃうかもだし。
どうしたらいいんだ。
何か考えろ、何か。
「おらおら!! さっきまでの威勢はどうしたよ!!」
「くっ!!」
どう見たってマイカちゃんは押されている。というか当たり前だ。
アレと互角に渡り合えるとしたら、それってつまり魔族モドキと同等の強さを誇ることになる。
一人の女の子にそこまで期待出来るわけがない。
「オレが最強だと認めるなら、苦しまずにぶっ殺してやるぞ!!」
「いやそもそも私は疑問を投げかけただけで」
「うるせぇーー!!!」
その時、ジェイの肘打ちが綺麗にマイカちゃんに決まった。
手足を置き去りにする勢いで吹っ飛ぶ彼女の名前を呼ぶ。
喉が千切れそうに痛んだけど、構ってられなかった。
「マイカちゃん!」
彼女はこちらを見て立ち上がる。
目が合って、意識があることにほんの少しだけほっとして、その瞬間閃いた。
私は右手に握っていた剣を鞘にしまうと、氷の刃を両手で持ち直す。
マイカちゃんは私の合図に気付いて、すぐに身を屈めた。
「くたばれ!」
——力を貸して、氷の女神。
あえて多くは語らない。
私の心が伝わっているなら、私が今どうしたいのかも伝わっている筈だから。
氷の女神の祝福を宿した短剣から光が迸る。
刀身が氷を纏い、一瞬で大太刀よりも長く伸びる。
痛む腹のズキズキという脈動を無視して真横に薙ぐと、
巨大な刀のように伸びた正真正銘の氷の刃が、ジェイの身体を上下に分けた。
「なっ……あ、あ、あれ、オレ……」
腰から上、ジェイの上半身がどさりと地面に伏し、
彼は自分自身の脚を見つめて不思議そうにしている。
「お、おれの……!」
片手を脚に伸ばしたところで、彼は顔まで完全に氷漬けになった。
下半身も同じように、立ったまま凍っている。
動く様子はない。
「お、終わった……」
私は力無くそう言うと、壁に刺さった氷の刃を抜く余裕もなく、その場に倒れ込んだ。