第200話
レイさんの作った怪しげなベッドは、私達がお風呂に入って戻ってくるまでに
異変がなかったらそのまま使う、ということで落ち着いた。
本当はちょっと迷ったんだけど、でもあれ、すごく気持ちよかったし。
私だけならそれでも断った可能性はあるけど、マイカちゃんも一緒に寝るから、多分大丈夫。
彼女なら火傷する前に飛び起きて、多分私のことも起こしてくれる。
自分だけ避難して私のことを放置だったらかなり悲しいけど、その辺はきっと問題ないだろう。
「あのバスタブも魔法で作ったのかしら」
「多分そうじゃない?」
「ランも教えてもらったら? 便利そうじゃない」
「簡単に言ってるけど、多分あれって知識量がそのまま出来映えに
反映されるタイプの魔法だから、常人には無理だと思うよ……」
お風呂からあがった私達は真ん丸という、不思議な形のバスタブについて話をしていた。
ベッドもそうだけど、買って運んでくるのが面倒な大きなものほど、
あの魔法の恩恵が受けられると思う。
ただ、ガラスの合成を見た感じだと、材料を用意できなきゃいけない上に、使用されている
材料がどんなくっつき方をしているか理解していないといけないように思える。
到底、私に扱えそうな魔法ではない。
「ベッド、どう?」
「いい感じよ」
もしかしたら灼熱の拷問器具になってるかもしれないと、お風呂に入る前に
伝えてあったのに、マイカちゃんは座ってその温度を確かめていた。
生地の薄い寝間着で。すごい勇気だ。
いや、そんなに熱かったら座る前に気付くかな。
「お風呂から上がったのに、またお風呂に入ってるみたいだわ」
「湯冷めしなくて良さそうだよね」
「えぇ。ランも早く来なさいよ。ぼよんぼよんで気持ちいいわよ」
マイカちゃんはぐでーっと寝そべったまま手招きをしている。
声の感じといい、手の動かし方といい、多分すでに眠いんだろうと思う。私もそうなんだけど。
というか、今この家にいるメンツで眠くない可能性があるのはニールくらいだろう。
私とマイカちゃんはもちろん、レイさんとクロちゃんはルーズランドに来る前から、
フオちゃんだって赤の柱を出てからはずっと動きっぱなしだった。
それにクーも。
視線を外すと、ベッドから少し離れたところに丸いクッションが置いてあった。
真ん中ではクーがすやすやと寝息を立てている。
レイさんはクーのベッドも暖かいのにしようとしてたんだけど、ドラゴンが私達と
同じような感じ方をするとは限らない、寝苦しいかもしれない、なんて言って
普通のクッションを借りたのだ。クーだけでも守れて良かったと思う。
相当疲れていたみたいで、ちょっとやそっとじゃ起きなさそうだ。
「よっと」
「遅いわよ」
「んー」
分厚いベッドに腰掛けて、すっかりくつろいでいるマイカちゃんを見下ろす。
眠たそうな目をこすって、「ちょっと眠いかも」なんて言うから笑ってしまった。
「ちょっとじゃないでしょ」
「眠りたくないの」
「なんで?」
彼女は少し困った顔をして、何を言わずに再び手招きした。
もう側にいるのに。それが何を意味しているのか、分からないわけじゃない。
私は添い寝するように、マイカちゃんにくっついた。
「ぐにぐにしてて酔いそうだね」
「意識しないようにしてたんだからやめて」
「分かった、もう絶対にこの話はしないね」
寝てる最中にキラキラを吐きかけられるなんて、いくら好きな子のものでも無理だ。
あまり連想させないようにしよう。
私は誤摩化すように彼女の体を抱いて、真っ暗で何も見えない窓の外を見つめた。
「で、なんで寝たくないの?」
「……明日、ハロルドに行くのよね」
「そうだね。とりあえずはグレーテストフォールだけど。
それが終わったら、ハロルドに向かうことになるだろうね」
私が彼女の言葉を肯定すると、また沈黙が流れる。明日が来るのが、怖いのだろうか。
この夜をこんな風に過ごしている意味を、みんながどうやって解釈しているのかは分からない。
だけど、特別な夜として、レイさんはわざわざ設けてくれたんだと、私は思っている。
明日何が起こっても、伝え忘れたこと、やり忘れたことが無いように。
あんまり考えたくないことだけど、勇者一行と戦って全員が無事でいれる保証はないから。
「……ラン、何か勘違いしてない?」
「へ?」
「私は勇者との戦いにビビってなんか無いわよ」
「えぇ……」
いや、それはそれでどうなの……?
ビビろうよ、私なんてすっごい憂鬱だよ……。
マイカちゃんは呆れた顔のまま、「そもそも明日勇者が追ってくるとは限らないじゃない」と言った。
言われてみればその通りだ。彼らが生きているなら絶対に私達を追ってくるだろうと思っていたけど、
それが明日かどうかは分からない。
私の腕の中でもぞもぞ動いているマイカちゃんの頭に手を置いて、ふわふわとして髪に触れる。
マイカちゃんはビビってなくても、私はビビってるし。
今のうちにいっぱい撫でときたい。
「もっとはっきりしてることがあるじゃない。明日が最後だって決まってること」
「え、なに?」
「旅よ」
マイカちゃんの短い呟きを聞くと、ほんの一瞬だけ息が止まった。
新たな封印が終わって、ハロルドに戻って。
そこからどこかに行くことなんて有り得ない。だって勇者達は必ず来る筈だから。
下手に外して、街の人を人質に取られたりしたら大変だ。戻ったら出ていく訳にはいかない。
そこで勇者達と戦って、決着が付いて。それでおしまいだ。
二人とも無事だったとしても、あとはハロルドで元の暮らしを送るだけ。
「……そうだね」
「ラン。嘘でいいから、好きって言って」
「嫌だよ」
驚くほどか細い声が聞こえてきて、私はその声で紡がれた縋るような願いを拒否した。
「やめてよ。それじゃ、これから私が言おうとしてること、嘘っぽくなっちゃう」
嘘でもいいなんて言わないでよ。
嘘じゃないんだから。
「あのさ。私、今日一日ここで過ごすって聞いて、絶対にやらなきゃと思ったことがあるんだ」
「……何よ」
「私、マイカちゃんのこと、好きだよ」
返事は無い。
だけど、私は続けた。
「強いところも、ご飯いっぱい食べるところも、物怖じしないところも、
信じた人に全力で命を預けられる真っ直ぐさも」
本当は顔も声も、あと小さいところも好きなんだけど、なんかこういうときに
身体的特徴を挙げるといやらしく聞こえそうだと思ったから、
全てひっくるめた言い方をして、言葉を締めた。
「全部好きだよ」
マイカちゃんはゆっくりと起き上がって、私を見つめた。
静かに涙を流している。自覚がないんじゃないかってくらい静かに。
ずっと待たせていたんだ、そのことにやっと気付いて釣られるように体を起こした。
だけど、次の瞬間には吹っ飛ばされて、背中から床に着地していた。
めちゃくちゃ痛い。
「いった!」
「遅いのよ! ばか!」
飛び付いてきたマイカちゃんを抱き留めながら呻くことしかできない状態だったけど、
そうも言ってられない。
「うん。待たせてごめん」
「ばか、ばか〜……」
「ごめんって……あのさ、この戦いが終わったら、一緒に暮らそうよ」
「ば、え……? 何?」
「ダメかな」
「……ダメなんて言うわけないでしょ! ばかじゃないの!」
「どう足掻いてもバカって言われちゃうんだなぁ〜……」
マイカちゃんの頬に触れる。
私が何をしようとしているのか察した彼女は顔を上げ、目を瞑った。
「おい! 大丈夫か!?」
「すごい音がしたんだけど!?」
ものすごい勢いで部屋のドアを開けてきたフオちゃんとレイさんは、私達を見ると目を丸くした。
ベッドからちょっと離れたところで、マイカちゃんの上に乗られたまま、彼女の頬に手を伸ばす私。
まずい。
「奇襲とは卑怯な……!」
戦闘態勢で遅れて部屋に入ってきたクロちゃんに、レイさんは「二人が乳繰り合ってた
だけだから大丈夫」と言って事情を説明していた。違わないけど違う。
弁明をしようとした私よりも早く、フオちゃんが呟く。
「マイカが上なんだな……ビックリした……」
「それね……あたしも意外だったわ……」
「もっと静かにセックスして欲しい」
「違うから! ちょっと待ってよ!」
それから私は誤解を解こうとしたけど、多分解けないまま三人はそれぞれの部屋へと戻っていった。
慌てる私を見てマイカちゃんは終始笑っていた。
笑い事じゃないよ……。




