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勇者√←ディレクション!  作者: nns
深層部 サカキファミリー
153/250

第153話


 ルリさん、いやルリは手に持っていた扇子を広げると前方に振った。

 そこから生み出された風がかまいたちのように私を襲う。

 私は手を前にかざして、さきほどクーが入っていた檻を開けた時のように、風の力を相殺した。


「な……!」


 ルリは表情を変えた。それはそうだ。

 魔法は魔法壁の類いで防御するか別の魔法でどうにか相殺するのが普通で、

 消すなんてきっと誰も考えない。だってそんな呪文無いから。

 詠唱式の魔法ならどうにかできるかもしれないけど、そんなもの唱えてる間に被弾するだろう。


「これならどうだ!?」


 懲りない女だと思った。

 くるくると舞いながら多段的に攻撃を仕掛けてくる。

 それは私だけを狙っていた。

 良かった、この期に及んでマイカちゃんとクーを狙っていたらどうなっていたか、

 自分でも分からない。


 私は土の精霊ではなく風の女神に呼びかけた。


 ——私に向かってくるかまいたちをもっと強い風でかき消して。あの女が多少怪我しても構わない

 ——かまいたち……? あぁ、あの些末なささくれのことですか


 女神はそう笑うと、前方に緑色の風を巻き起こした。

 ルーズランドに到着した時の吹雪すら可愛く思えるくらいの暴風。

 色の正体は弧を描くような形の風の刃だ。

 本物のかまいたちというものを見せてやる、風の女神はそう思ったのかもしれない。

 ちりばめるように風に混ざるそれを避ける術など無い。


 床が剥がれて壁に穴が開いて、ルリが作り出したなけなしの障壁を瞬く間に破壊する。

 壁が崩れてドアが吹っ飛んで。いくつかの部屋が繋がって、目の前が

 だだっ広い空間になるまで時間は掛からなかった。


 ルリはたった今繋がってしまった向かいの部屋の壁にぶつかって見えなくなった。

 瓦礫の中から咳き込む声が聞こえる。

 あの風だ、まともに呼吸も出来なかったのだろう。


 ルリに歩み寄ろうとすると、マイカちゃんに呼び止められた。

 振り返ると、マイカちゃんは泣きそうな顔をしながら首を横に振っていた。

 分かってる。


 今度こそ私はルリに近付いた。

 ぱらぱらと音を立てて中から這い出した彼女の身体は、切り傷だらけだ。

 特に、脚が酷い。おそらくは障壁でガードしきれなかったのだろう。

 もしくは密度を上げる為にサイズを小さくして、その為に脚を犠牲にしたか。


 いずれにせよ、彼女はしばらく立てない筈だ。

 床に手を付いて辛うじて息をしている。

 私は手を差し伸べることなく、彼女の傍らに立って、その姿を見下ろした。


「はっ……はぁっ……はぁ……」

「なんでそんなにヤヨイさんに執着してるの?」

「私は、ヤヨイ様の側に、居たいだけ……!」


 ヤヨイさんの話になると、やはりルリはこだわりを見せた。

 私が気まぐれを起こせば簡単に殺せるようなこの状況で。

 私達をこんな目に遭わせてまで居場所を聞き出そうとしたくらいだし、

 その気持ちだけは本物だと信用できそうだ。

 不可解でしかないけど。


「……結婚が決まってたのはサツキの方でしょ?」


 私が問うと、ルリはゆっくりと瓦礫にもたれ掛かって呟いた。

 「だって、有り得ないもの、女同士の結婚だなんて」と。

 ルーズランドではそうなのかもしれない。

 それに、ここじゃなくたって、家の都合で子を生すよう半ば強制される人達はきっと大勢いる。


「そもそもそこまで高望みしてなかった。サツキがいなくなってくれたのは本当に幸運だった。

 歪な形でも結ばれて、幸せだと思っていたのに……ヤヨイ様……私を置いて……」


 血にまみれた膝を抱えて、ルリは泣いていた。

 きっと彼女は、脚の痛みなんてどうだっていいんだ。

 ヤヨイさんがここに居ない事実に比べたら。


 彼女が傷付くとしても伝えた方がいいことがある。

 普段だったらもっと言いにくさを感じるんだろうけど、マイカちゃん達にしたことを

 まだ許す気持ちになれないせいか、すんなりと告げることができた。


「ヤヨイさん、帰ってもどんな風に接したらいいのか分からないって言ってたよ」


 ルリは悲しげな表情を見せると押し黙った。

 おそらく、ヤヨイさんはオオノを追ってこの大陸を出ただけで、

 自分を避けているとは考えたくなかったのだろう。

 まぁそうだろうな、とは思ったけど。

 分かってて伝えるんだから、私も結構酷い。


「……ラン、もういいわよ」

「マイカちゃん」


 マイカちゃんは腕の中に丸くなったクーを納めてこちらに歩いてきた。

 傷は痛々しいけど、さっきよりは元気そうだ。

 クーは心配するなと言うように、可愛い声で鳴いた。


「……分かってるよ」


 優しくクーの頭を撫でてため息をつく。

 殺そうとまでは思ってない。

 あの連続攻撃の最中、マイカちゃん達を狙わなかったから。

 それを伝えると、マイカちゃんはほっとしたような表情を見せた。


 しかし、ルリはそうはいかない。

 私から聞かされたことにまだ落ち込んでいるらしく、静かに涙を流して

 ヤヨイさんの名前を呼んでいた。


 ……好きなのは分かったけど、私がヤヨイさんでも嫌だなぁって思う。

 おそらく、ヤヨイさんはルリがここまでするとは思っていないんだろうけど。

 あの口ぶりから考えると、ルリの方もしょうがなく自分と結婚させられただけだ

 と思っていてもおかしくない。


 足音が近付いてくる。

 音の方を見ると、先ほど下着姿にした使用人やマイカちゃんに顔面を凹まされた大男も居た。

 ルリの助太刀に来たようだが、肝心のルリがその気力を失っている。


 ルリはぽつりと、ラン達を今度こそもてなせと伝えて、再び顔を伏せてしまった。



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