第151話
私は耐えた。
マイカちゃんが少し冷静になるまで、とんでもなく耐えた。
でも私が辛さを感じているだけで、実際は十分くらいしか経ってないかも。
下手したら五分とか言われそう。
煩悩に打ち勝つために、この周辺にいる精霊が少し力を貸してくれている。
分かりやすく言うと、「とっとと出ないと本当にヤバいから正気になれ、乳揉んで
ドキドキしてる場合じゃないぞ」って。まぁなんていうか直接言われた。
そんな風に声を掛けられ続けたら嫌でも冷静になるよ。
私の意識が平静に戻るスピードは、恐らくルリさんの想像の倍以上早いはずだ。
一種の催眠状態にして、言葉巧みに私達を操る魂胆だったんだろうけどね。
ルリさんはどこかで視ている、とも考えたけど、恐らくは私達が目を覚まして
会話をしたのを見計らって、こちらに交渉を仕掛けただけだろう。
透視する能力があったとしてもここは暗闇だし。
暗視の可能性も、あると言えばあるけど……。
音でこちらの動向を追っている可能性の方が高いと思う。
オオノファミリーと都合よくくっついたというルリさんも、恐らくは何かしらの
呪術や魔術の使い手なのだろう。
麻薬とお香と洗脳。
おそらくはオオノと同じ系統の何かだろうという予測を立ててみる。
私はゆっくりと彼女を出し抜こうと動いていて、それがようやく結実しようとしていた。
「……ラン」
「うん」
徐々に意識を取り戻したマイカちゃんからゆっくりと手を離す。
そして、人差し指を口の前に立てると、しーとジェスチャーした。
辛うじて私は自分の指が見えてるから、きっとマイカちゃんにも見えているだろう。
心配を蹴散らすように、彼女はこくりと強く頷いてくれた。
私は土の精霊に誘われるままに、壁から小さな穴を掘っていた。
まぁ実際に掘ってくれたのはその精霊さんなんだけど。
そして気付かれないように、近くの人気の無い部屋まで穴を通してもらった。
それまで向こうの術中にハマってる演技をする必要があった。
ので、私はその間マイカちゃんの胸を揉み続けた。作戦、作戦だよ。……半分違うけど。
ちなみに、私がやりたいと思ったことに、ここまで自動的かつ精密に精霊達が
協力してくれたことなんて無い。
ルリさんはよっぽど精霊に嫌われているのだろう。
まぁ、あの人の魔力オーラちょっと異常だしね。分かるよ。
こうしてゆっくりと新鮮な空気を取り込んでいた私はマイカちゃんの復活を待っていたのだ。
あの甘い匂いが悪さをしてるって思ったから。
胸を揉みしだいたことに対する怒りならあとでいくらで聞き入れるから、
今はもう少し意識が覚醒するまで安静にして欲しい。
マイカちゃんが完全に復活したら、今度は人が通れる穴を扉か壁に開けるつもりだ。
それでここから脱出して、精霊の声を頼りに内部を探索する予定。
普段は控えめな彼らの声がすごくクリアだ。
この建物が魔法で拡張するように作られた空間だからかもしれない。
そう思うと、ここが地下で良かったとすら思える。
外に出ることばかりを考えていたけど、よく考えたら私達……
いま結構ヤバい格好してるよね……。
なんていうか、汗だくだし……。
ずっとくっついてたせいで、お互いの汗が混ざり合っちゃってる感じがするっていうか。
私達だけの問題ならいいけど、そんな姿で人前に出ちゃうって、かなりの痴女では……?
出る前に気付けて本当に良かった。
私は心の中で精霊に呼び掛ける。
この館の中で、衣類を盗めそうな人が近くを通る予定は無いか、って。
人の流れを見て、「あ、この人、ラン達の近くに歩いていきそうだなー。
そっちの方角だなー」みたいな、そういうので構わないから教えて欲しかった。
ついでに、どの部屋に行けば私達の荷物があるのかも聞いておく。
あんまりにも遠回りになるようなら、恥を承知で「薄っぺらい布一枚羽織って
他はパンツ一丁!」って状態でこの豪邸の中を爆走する。
すっごい恥ずかしいことなのは分かるんだけど、さっきマイカちゃんと
際どいことをしていたせいか、感覚が麻痺してる。
「恥ずかしいけど仕方ない」ってレベルで割り切れてる。
大人になるとこうやって色んな物を失ってくんだなってちょっと思った。
最近大人になりましたみたいな言い方してるけど、私もう二十代半ばなんだよな……。
「……!」
「ねぇラン、私は……準備、できてるから」
マイカちゃん、偉い。
彼女は今、性的にノリノリぶって、完全に意識が戻ったわよっていうのを
教えてくれたんだと思う。
うっすら見える表情がいつものマイカちゃんに戻ってるし。
頭の中で精霊がこっちー! と私に教えている。
荷物がある部屋も、服を奪えそうな人が近付いている方も同じ、と。
ギリギリのところで神様が味方してくれたような気がした。
いるか分かんないけど。
でも女神様がいるくらいなんだから、きっと神様もいるだろう。
とりあえず感謝しとかなきゃ。
条件は整った。
となれば、あとは精霊の合図を待つだけだ。
私は体を起こすと、ゆっくりと後ろに手を付いた。
そして、きょとんとしてるマイカちゃんをそっと抱き寄せて、キスをする。
「私もだよ」
要するにここから反撃開始ってことね。
私は気配を殺して、音で近付く気配を確認しながら、飛び出す機会を窺った。