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勇者√←ディレクション!  作者: nns
ヒノモトという集落
147/250

第147話


 七巻目。鉄の板をくぐっただけなのに、別世界みたいに感じた。

 さっきまでしてたすえた臭いに、取って付けたような甘い匂いが交じって、

 余計に頭が痛くなりそうだ。


 少し歩いてみても人影はほとんどない。

 さっきの区画ではたまに誰かとすれ違う為に、路地に避けたり、お互いに

 端を通ったりしてやり過ごしていたけど。

 不気味なほどその機会が訪れない。


 そうして少し歩くと、六巻目ではほとんどが閉められていた扉のような何かが、

 開けっぱなしになっているところに気付いてしまった。

 こんなに人気がないなら、もしかして空き家だったりしないかな、なんて。

 塔に入る前に休まなきゃと思っていたせいか、そんな感じで欲をかいてしまった。


 中を覗いてみると、普通に照明がついていた。

 つまり、誰かが住んでいる、ということ。

 それだけでそこは用のない場所だってはっきりしてたのに。

 何かが見えて……その”何か”の正体が想定外過ぎて、私達はつい目の前の光景に

 釘付けになってしまった。


「きのこ、かしら……」

「……っぽいね。ここでは貴重な食料なのかもね」

「なるほどね」


 気付いた頃には「ちらっと見る」ような状態ではなくなっていた。

 ガン見もガン見、睨み付けるようにして見てた。しかも二人で。

 中に居たらしい人が脇から現れて「客か?」なんて声を掛けてくるまで、

 私はおろかマイカちゃんですら気付かなかったのだ。


「買ってかねぇか。うちのはマゼモン無しでトべるぜ」

「マゼモン?」

「知らねぇのか。試すか?」


 あ、これ絶対ヤバい奴だ、そう直感してすぐに断った。

 マイカちゃんは不思議そうにしてたけど。


 マイカちゃんが食べ物だと勘違いしなくて良かった。

 いや、さすがのマイカちゃんでもこんなところの食べ物を喜んで買うほど

 アレじゃないかもしれないけど。

 でも、食べ物って誤解しちゃったら、万が一の万が一があるっていうか。


 そそくさと立ち去ろうとした私達の前を塞ぐように立つと、スキンヘッドの男は

 焦点の合わない目で私達を見下ろした。品定めするような視線が気持ち悪い。

 というか、マイカちゃんをあんまり見るな。


 私は彼女を後ろに隠すようにして立つと、顔を背けることなく男と対峙した。

 変に意識しているのは私だけというか、相手は私のことを敵だなんて一切思っていない。

 だらしなく口を開けてべろべろと舐めるような仕草をしてからこう言った。


「よく見ると可愛いな。うちで寝てくか? なぁに、お前達はトんでるだけでいい。

 目が覚めて体が汚れてても気にするこたぁない」


 それでまた最後にべろべろ。唾が飛んで来そうで気持ち悪い。

 それに、こんな下品な誘い方をされたのは生まれてこの方初めてだ。


 ムカつくを通り越して感心しそうになってしまった。

 人は環境によってこんなにおぞましいことを言えるんだって。

 出来るだけ穏便に済ませたかったけど、こいつがしつこいなら私は容赦はしない。

 思考を切り替える。

 いつもよりもそれがスムーズに出来たのは、これでもかというほど気色悪い欲を

 オブラートに包むことなくブチ撒けてくれたおかげだと思う。


 私が男を睨み付けていると、男の後ろから誰かの気配があった。

 男ははっとして背後を振り返ると、その人物を確認した途端、さっと店の中に入っていった。


「こんにちは」

「!! お嬢様! いらっしゃいませ!」


 男が中に引っ込んだおかげで、私達とその女性が向かい合う形となった。

 ここまでこの強引な男を怯えさせる女性も気になるけど、今はそんなことよりも先を急いだ方がいい。


「そちら、お客さん? お構いなく」

「あ、いえ、私達は」


 チャンスだと思った。店の扉から離れて早足で前に進む。

 理由は分からないけど怖かった。

 男にアレ過ぎるセクハラを受けたからでもない。

 七巻目の雰囲気に当てられたんでもない。

 ただ、私は……なんだろう。


 とにかく気持ちが急いている。

 見えない不安に取り付かれてしまったように心臓がバクバク鳴って、

 その不吉な音から逃れたいのに、自分の体が発してる音だから逃れられない。

 そんなどうしょうもなさを感じる。


 ここまで、ほとんど人なんていなかったくせに、狙ったように男二人が道を塞いでいた。

 男二人は掴み合って、殴り合って。

 平時であればもしかしたらマイカちゃんが止めたかもしれないけど、

 彼女ですらそれをすることをやめた。


 理由は簡単だ。両者の目が、明らかに異常だったから。

 大喧嘩をしているのに、誰のことも見ていない。

 そんなイっちゃってる目が、ある意味モンスターなんかよりも怖かったんだと思う。


 追いつかれちゃダメな何かが迫ってくる。

 私のことなんて一飲みにしてしまうほどの巨大で凶暴な大蛇に狙われている恐怖が

 最高潮に達したのを感じていると、背後から声を掛けられた。


「あら、さっきの」

「……あ、どうも」


 無意識に息を止めていたらしい。

 そんなことにも、呼吸を再開してから気付いた。

 この人が近付いたから、気配が消えた……?

 それとも……。


 優しそうな顔をしているけど、透き通るように白い肌も、神秘的な真っ黒な瞳も、

 育ちの良さそうな所作も、全てがこの場に似つかわしくなくて逆に異質だ。

 服だって、他の人間と比べて明らかに上等なものを纏っている。


 ——……何者なんだ、この人


 私は目の前でころころと笑う女性を見て、久々に愛想笑いをした。



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