第143話
朝。それは紛れもなく朝だった。
マイカちゃんを寝かせて、その後に私が休ませてもらって。
もう少しマイカちゃんに休むように伝えて、私もいつの間にか寝ちゃってて。
二人で仲良く目を覚ますと、万年降り続けているのかもしれないと思っていた吹雪は
嘘のように止んでいた。高い空から太陽が白く地上を照らしている。
穴から外に出ると、白銀の世界が広がっていた。
陽の光を反射させているのか、空だけじゃなくて地上すら眩しい。
キンキンに冷えた風に清涼感すら覚える。
「ねぇ、あれ……」
「昨日は全然気付かなかったわね……」
私達は眩しさに目を細めながら、東の空を眺めていた。
そこに目指していた赤の柱が伸びていたから。
思っていたよりも近い。天気もいいので、今の内に出発することにした。
荷物をまとめると、すぐに歩き出した。
柱の光を頼りに歩くのは久々だ。
「思っていたよりも大きいわね」
「ね……なんか緊張してきた」
出発して一時間ちょっとくらい。
雪を踏みしめる感覚にも慣れてきたところで、火の国の集落とやらは見えてきた。
ジーニアと同じように、柱を中心に人の営みが広がっている。
まぁ、ここの場合、暖を取る為に致し方なくって感じなんだろうけど。
「そういえば、ちょっと暑くない?」
「そうね。天気がいいとは言え、妙な感じだわ」
クーを包んでいたマントをしまって、さらに被っていた上着のフードを脱いでみる。
柱に近づくにつれて、気温が上がっているというのは確信に変わっていった。
結局、集落に着く頃には私達はモコモコしてた上着すらバッグにしまっていた。
それもそのはず、少し前から地面がむき出しになっていたのだ。
集落の中の人達はヤヨイさんと同じような服装をしている。
流石にヤヨイさんと違って、何枚か重ね着をしているようだけど、あんな格好で
大陸の海沿いに居たらものの数時間で凍え死ぬだろう。
目の前に広がる光景に驚いていると、一人の青年が近付いてきた。
彼は私達の格好を見て、吐き捨てるように言った。
「お前ら、よそ者だな」
「……そうだけど」
「よくそんな軽装で来れたな。まぁいい。何か言うことがあるだろ」
挨拶も無しに、彼はそう言った。
それが不自然でつい「はじめまして」なんて言いそうになったけど、ここでは
いの一番に合言葉を伝える習わしなのだろう。
私は一言、「ペ」と伝えた。
オオノのことを疑う訳じゃないけど、正直かなり勇気が要った。
こんな短くて間の抜けた言葉が合言葉だなんて、今でもにわかには信じられないから。
目を見開く青年と、横にはしびれを切らして「ぺよ! ぺ!」なんて言うマイカちゃん。
そして、近くに居たおじさんが駆け寄ってきた。
青年はおじさんを一瞥すると呟く。
「ぺ……マジか、サツキ様の知り合いなのか?」
合言葉の効果は絶大だった。
おじさんと青年は顔を見合わせて驚いている。
どの家の紹介で入ってきたかを示すという言葉と、オオノの名前を知っているという人達。
私は半分試すように、もう一人の名前を出した。
「ヤヨイさんかもしれませんよ?」
「ヤヨイ様……!?」
「おい、通してやれ。とんでもないことだぞ、これは」
そうして私達の前に立ちはだかるようにして立っていた男性二人が道を開ける。
通っていいのだと解釈した私は、ゆっくりと一歩踏み出した。
これまで旅していたどの街とも違う光景が間近に広がっている。
建物のほとんどが一階建て、高くてもせいぜい二階だ。ただその代わりだだっ広い。
もしかしたらここの人達は背の高い建物を建築する技術が無いのかもしれないし、
気候のせいなのかもしれない。理由は分からないけど、その町並みは異様だった。
ここを目指すのに必死であんまり考えてこなかったけど、遠くまで
来てしまったんだって、遅ればせながら実感した。
隣にいるマイカちゃんも集落を見渡して、緊張しているのか少し険しい表情をしている。
だから、私達を通してくれたおじさん達の視線になんてこれっぽっちも気付かなかった。
おじさんは呆気に取られている私達をずっと見ていたらしく、丁寧に集落のことを教えてくれた。
「ここは一巻目って言うんだ」
「ひとまき?」
「おう。柱を中心にぐるっと円を描くようにヒノモトは作られてんだ」
「ヒノモトって、この町のこと?」
「おい、そんなことも知らねぇで来たのかよ」
おじさんは呆れたように笑って、でも邪険にすることなく話してくれた。
中心に近付くにつれて、二巻目、三巻目と名前が付いていて、それぞれの境目には
見張りが立っていること。
途中から地下になって、地下には全てを捨てる覚悟が無いなら入らない方がいいこと。
一巻目の人間は子供ですら、外から来た人間には合言葉を尋ねることになっていること。
まともに言えなかった人を二巻目の関所に向かわせると、一巻目の住人が
ひどい目に合わされるんだとか。
「ちなみに、お前達が一体どんな目的でここに来たのかは聞かない。
面倒事には首を突っ込まないのがこの町、ヒノモトで長生きする秘訣だ」
私達の存在そのものが結構な面倒事だと思うけど、それは言わないでおいた。




