第123話
戦闘が終わると、待機室で休ませるとかでオオノは手の空いた門番達に運ばれてしまった。
「大丈夫なの!?」と慌ててしまったけど、戦闘直後にオオノが横になるのは
いつものことらしいので、そんなに心配する必要は無いと説明を受けた。
彼が目覚めるまでに食事を済ませようと、私達とマトは
街の入口の近くにあるダイニングカフェに来た。
ちなみに好きなものを食って欲しいと、責任者っぽい人から結構な金額を頂いている。
お金を巻き上げるつもりは無かったんだけど、結果的にそうなってしまっている気がして
少し申し訳ない。
「はぁー……もう何から話せばいいのか分かんねーよ」
「いやぁ。私達は昨日二人に迷惑かけちゃったから、謝ろうと思って来ただけなんだけど」
「それは分かったけど……別にいいっつの。オレはランの無神経さに怒ってただけだし」
運ばれてきた水を一気に飲みほして、ガリガリと氷を噛み砕きながらマトは言った。
さらっと無神経と言われて、心にダメージを追う。
「うっ……いや、うん……色々あって、まさかマイカちゃんがそういう意味で
私のこと好きって、なんていうかそういう発想にならなくて……」
「はぁ?」
会う度に塩を撒かれ続けたなんて言っても信じてもらえないだろうし。
今更そんなこと言うのも告げ口するみたいになるし。
私に無神経なところがなかったと言えば嘘になるから、
この言葉はそのまま受け止めておこうと思う。
「色々あるんだよ。とにかく、私だってマイカちゃんを悲しませるのは不本意だからさ。
昨日は巻き込んでごめんね」
「ったく……そんな言うならオレ達の分の他に、オオノの分もテイクアウトするからな!
お前それ持てよ! それでチャラな!」
「ふふ、わかった。ありがと」
ささやかな代償を言いつけられて、自然と笑ってしまった。
こうして話してると、ちょっと口の悪い女の子と話してるみたいな気分になる。
これで男の子だって言うんだから不思議だ、本当に。
この話題についてはもう話すことはないだろう。
マイカちゃんもそう感じたのか、彼女は私達が気になっていた件について聞いてくれた。
ちなみに、クランチラッシーとかいう謎の飲み物を飲みながら。美味しいのかな。
「ところでさっきの魔物は何よ」
「あれはドボルっていう、中級の魔族だな。中級の中では大人しいというか
対処しやすい奴なんだけど。
触ったら生気を吸い取られて、弱ってる奴や老人なんかが触ると一発で死ぬんだ」
「こわ」
「そうだよ。あいつ、めちゃくちゃ怖いんだよ。結界を張ってるから、
街の中に突然出現することはないんだけど……
過去に門番数人の生気を吸って、オオノの魔法に少し耐性が付いたドボルが
街の中に入ったことがあるんだ」
それはきっと、とんでもない大惨事になったことだろう。
普通の個体が二体現れて持ち場を放棄する兵士が数人出ているのだから。
オオノの魔法も効かないって、兵士全員が逃げても可笑しくない。
そのときはたまたま滞在していた魔術師や神官の力を借りて処理できたらしい。
とはいえ、犠牲者は十人、決して少なくない数と言える。
街が全滅する可能性を考えたら、十分頑張ったとは思うけどさ。
うんうんとマトの話を聞いていた私は、次の彼の一言で完全に硬直することになる。
「元々、オレの腰くらいの大きさの魔物なんだ」
「………………え?」
私だけではなく、マイカちゃんまでもが硬直した。
スプーンで掬って食べるクランチが、テーブルにぽとっと落ちる。
さらに、彼女はそれに気付く様子すら見せなかった。
「……今日のって、かなり異常な状態だったってこと?」
「あぁ。あんなデカいのは見た事がねーよ」
今日見たのは、二メートルはありそうな、黒くて大きい珍獣だ。
彼の話だと、何らかの理由で下手したら三倍くらいのサイズになっている、ということになる。
逃げ出した兵士のことを少し軽蔑していたけど、ちょっとだけ同情した。
みんな街のために、ただでさえ怖い魔族が巨大化したものと向き合っていたんだ。
街は平静を取り戻しているけど、今日退治されたドボルが突然変異レベルのサイズだったと
街の人々に知れ渡っていれば、退治した直後にこんな風に外食することはできなかったんだろうな。
門の近くの店なんかは絶対に閉めて逃げるでしょ。
マイカちゃんと目を見合わせてみると、彼女も難しい顔をして、
答えを探すようにマトの顔に視線を戻した。
「どういうことなの?」
「それを説明するには、オレとオオノの馴れ初めから話さなきゃいけないな」
「なんでよ。関係ないでしょ」
「だってお前らばっかズルいじゃん」
「マト可愛いね」
「ま、聞いてあげてもいいわ」
店員さんがやってきて、私達のテーブルに料理を並べる。
昼食にしてはかなり豪勢だったが、美味いもん食べてこいと奮発してくれたおじさんの
ご厚意を無駄にするのも気が引けたので、ぱーっと注文してみたのだ。
随分と賑やかになったテーブルを眺めてながら、マトはドボルの巨大化について語り始めた。