第118話
お店も大体見終わって、横の袋に木の実を詰めればいいのかな?
なんてマイカちゃんと話していると、奥から店員さんが慌てて出てきた。
お姉さんだと思ったけど、違う。
女の人の格好をしてるから正確にはお兄さんだ。
もう今更どっちでもいいけどね。
「いらっしゃいませー! すみません、倉庫に居て気付かなくて!」
「あぁ全然。気にしないで下さい」
私はヒラヒラと手を振ると、お構いなくと言って笑った。
ただ、この札に書かれている料金については詳しく聞きたいと思っていたところだ。
「この百チリーンとか五百チリーンって、一個当たりの金額ですか?」
「またまたご冗談を〜。……え、本気で聞いてます?」
「私達、訳あって話すのは得意なんですが、文字が読めなくて……」
はえ〜なんて声をあげてから、お兄さんは金額の説明をしてくれた。
小さい袋に詰め放題で百チリーン、大きい袋は五百チリーンになるらしい。
クーはまだ買ってない木の実を、大事そうにぎゅっと抱いて「クオ」と言っている。
勝手に触って怒られるかも、っていうかドラゴン連れてきたら
マズいとかルールがあったらどうしよう。
なんて思ったけど、彼は全然気にしていなかった。
「種類も多いですし、コンティの魔法をかけてドラゴンちゃんと一緒に
来店するのがうちは基本ですよー。魔法を使えない方は適当に買ってったりしますけど」
「コンティ?」
「やだなぁもう、対象を小さくする魔法ですよー!
お客さんだって使ってるじゃないですか!
そうやって匂いを嗅がせにくるお客さんが結構いるから見本品置いてるんですよ!
クーちゃん! バンバン試しましょう!」
この店員さんは私達の知らないことをたくさん知っていそうだ。
それに可愛いクーのことをより知れる機会が楽しくない訳がない。
迷惑じゃないかと思いつつも、つい質問してしまう。
「匂いで選ぶっていうのはどのドラゴンも同じなんですか?」
「ドラゴンでも同じっていうか、野生の生き物は大体そうですよー。
危険な匂いがしたら触らない、鉄則じゃない?」
クーが私を呼んでる気がしたから見てみると、「クッ」と言って私にさっきまで
ぎゅっとしてた木の実を見せてくれた。
両手で木の実を持ちあげて、何故か真剣な顔をしている。
私はそっとクーの頭を撫でて、会話に戻った。
「言われてみればそうね。本人が気に入った匂いのものを食べさせておけばいいのかしら」
「基本的には! たとえばこの子が気に入ってるこれは火吹き餌っていうもので、
元々火が吹ける種族なのに、上手くできない子向けのものですね。
1を2にしてあげることはできても、0を1にしてあげることはかなり難しいんですよ。
火吹き餌の中でも色々あって、身体の火を吹く器官の成長を促すものなんかもありますよ」
丁寧に説明をしてもらった私達は、クーが気に入ったものだけ、
そして火吹き餌だけは少し多めに買うことにした。
餌の全てをこれに切り替えるのではなく、少し混ぜるだけでいいらしい。
ただ、食べ過ぎて害になるものでも無いらしいので、小さい姿になったクーが
おやつに摘むくらいは全然オッケーのようだ。
マイカちゃんが肩に乗ったクーに袋から取出した赤い実を与えると、
両手で木の実を持ってカリカリと齧っている。
がっつく勢いを見るに、よほど美味しいらしい。
実際どれくらいの効果があるかは分からないけど、一応それぞれの餌の効果を聞いて、
分かる様に袋に書いておくことにした。
「えーと、全部で千二百チリーンですね。あ、ちなみにうちの店、カップル割引やってるんで。
キスしてくれたら千チリーンにまけますよー」
いきなりトンでもなことを言われて固まりかけた。
二百チリーンも安くなったら、お試し用の小さい袋、二つも買ってあげられるじゃん。
冗談半分で「あはは、どうする?」と言って横を見たら、「するわけないでしょ」と
わりと強めに腹を殴られた。死ぬからね……やめようね……。
「毎度ー」
買い物を済ませて店を出る。
まだ陽は高いので、色々と見て回れるだろう。
次はどこに行こう。
マイカちゃんに問うと、彼女はアンニュイな顔で「どこでもいい」なんて言った。
それから色々な通りを歩いた。
時にはマイカちゃんの好きそうな露店のおやつを買ってみたりして。
それでも彼女の機嫌が直ることは無かった。
外でどこか食べようと誘おうと思ったけど、そんな空気でも無いので、宿に戻って夕食を頂く。
ご飯を食べ終わっても、お風呂に入っても、マイカちゃんに笑顔が戻ることは無かった。
マイカちゃんが半日近く不機嫌そうにしている間、ずっと理由をぐるぐると
考えていた私は、やっと「このことかな……?」という心当たりを見つけたところだった。
部屋の灯りを消しても、マイカちゃんがいつも通り私の布団に潜り込む様子は無かった。
宿泊二日目にして初めて使われようとしているもう一つのベッドに、
彼女がもそもそと横になる。
こちらに背を向けているマイカちゃんに、私は話しかけた。
「ねぇ、今日ずっと機嫌悪いよね」
返事はない。
起きてるのは明白なので、もう少し粘ってみることにした。
「あのさ。キスのこと、怒ってる?」
「……別に」
怒ってるじゃん……もしかしたら別のことかもしれないけど、
でもあれから機嫌悪くなっちゃった気がするし……。
「えっと……ごめん。いくら安くなるからって、あんな軽弾みに聞くことじゃ
なかったよね……無理やりしようとしたんじゃなくて、私は別に構わないけど、
マイカちゃんはどう? って聞こうとしただけだったっていうか……」
「っっっっっっばっかじゃないの!!!!」
ベッドからガバっと起き上がったかと思ったら、マイカちゃんは
こちらにズカズカと歩み寄った。ちょっと待っ。
「いったぁ!」
「それが分かってるから怒ってるんじゃない!!! 嫌い!!! ボケナス!!!!!」
「ボケナス!?」
強烈なビンタをお見舞いされてボケナスと言われて。
隣の部屋に迷惑なんじゃないかとか、そんなことを考える余裕はこれっぽっちも無くなっていた。