第103話
風に吹かれながらマイカちゃんを待ち続ける。
眩しいくらいの金色の竜に跨った彼女の姿が見えたのは、半数ほどの選手がここを通過してからだった。
東区からここに来るまでの間に、これほど順位を戻しているのは流石としか言いようがない。
だけど彼女が目指しているのは、私と反対側の端っこの方だった。
「マイカちゃーーーん!!!」
私は大きく彼女の名前を呼んだ。何故か門番のおじさんも一緒に叫んでくれた。
マイカちゃんが私に気付いたのは別のフラッガーから旗を受け取る直前だった。
彼の目前で急カーブすると、フラッガー達にクーのお腹を見せるように、
傾いたままこちらを目指してきた。
なんでその体勢で落ちないの、マジで。
「あっぶな!」
「いいよー! マイカちゃん! 魅せるねー!」
きゃー! とか、うおー! という歓声を背に、マイカちゃんは私の元に飛んでくる。
目が合った。
私はさっとフラッグを前に差し出して、受け取りやすいように待機する。
そして……
「端っこにいるなんて聞いてないわよ!」
「ごめんって!」
私達は短い言葉を交わして無事にフラッグの受け渡しを済ませた。
手が空くと、私は両手を口に当てて、大声で叫ぶ。
「頑張ってねー!」
すぐに追走する姿勢に戻ったマイカちゃんは、私の声に応えるように、
右手で旗の柄の端を持って空にかざした。
「あの子、すごいね。風の抵抗を受けながら旗の端を持つなんて」
「マイカちゃんにとっては、あれくらい朝飯前ですよ」
なんていったって、私は彼女ほどの怪力を見たことがない。男性含め。
肉眼で見るのが厳しくなってくると、私はすぐに双眼鏡を構えた。
——マイカ選手はいい選手ですね! リード王女やルーク選手とは違う華があるというか!
——そうですね。フラッグの受け渡しについて、初めから決めていた相手が居たようですが、お友達でしょうか
——かもしれませんね! さて、レースは折り返し地点! これから飛竜達は居住区のチェックポイントを目指します! 居住区で観戦予定の方々! そろそろですよ!
「いよいよだね」
「いよいよって?」
個人的にはレースの後半戦って私達からは見えなくなる居住区で行われるし、
門番のおじさんがワクワクするような要素は無いと思うんだけど……。
だけど、おじさんだけじゃなくて、他のフラッガー達も同様に色めきだってるような感じがするし。
「あぁ。市街地を出たら多少の妨害行為が許されるんだよ」
「えっ。それって危ないんじゃないですか?」
「もちろん、命を落とすようなものはダメだよ。観客という証人が大勢いるからね。
ただ、あんまり過激なものじゃなければ見過ごされることが多いね」
考えてみれば、市街地と違って居住区は大きな建物もなくてだだっ広い。
警戒するような障害物も無くなった選手達にとって、道を塞ぐ位はやるかもしれない。
場合によっては結託したり、なんてこともあるかも。
——おーっと! 早速始まりました! 二十五番、ウリュー選手! 四十九番のサツイ選手にフラッグで突っつかれてバランスを崩したー!
「サツイって人ヤバいな」
「いやぁ、これはダメだろうね」
——四十九番サツイ選手、審議の結果失格となりました
——これはサツイ選手痛恨! しかし当然だー!
私とおじさんは腕を組んで静かに頷いた。
だけど、各所で担当員が目を光らせており、危険な行為はすぐに反則失格となることが
分かったのは良かった。
問題は、何かされたマイカちゃんがやり返し過ぎるかもしれない、というところだ。
こんな心配してるの、私だけだろうけど。
——選手達が駆け引きをしながらチェックポイントを目指す中、第二チェックポイントで首位に立った直後に悲劇のコース間違いを犯してしまったマイカ選手が順位を上げていく!
——あー……と、前の選手、ザック選手ですね
——ザック選手、得意の進路妨害でマイカ選手の行く手を阻んでいくぅー!
——しかし、彼のやり方は気持ちのいいやり方とは言えませんね
解説のクレアさんは厳しい声色で彼を非難した。
不思議そうな顔をしていると、補足するようにおじさんが教えてくれた。
「ザックは後ろにいる選手の前を飛んで進路を塞ぐだけじゃなくて、旗をふらふらと
広げるように持つんだよ。下手に抜こうとすると、接触行為で自分がペナルティを
受ける可能性もあるから、選手達は苦戦する。前回、観客から訴えがあって
ザックの方が審議対象になったんだよ。ま、お咎め無しだったけどね」
「なるほど……確かにいやらしい手口ですね」
そんな脅迫紛いの方法で上位者になったんだ、あのオッサン。
気持ち的に「マイカちゃんやっちゃえ」って感じだけど、そうすると
マイカちゃんが失格になっちゃうんだよな……。
——マイカ選手はかなり苦戦しているようですね! ザック選手、またマイカ選手の前に立ちはだあーーーっと! マイカ選手、強行突破だぁー!
「猪かな?」
「すごいなぁ、マイカちゃん」
——ザック選手、バランスを崩してドラゴンから落ちたー! が、ギリギリのところで相棒に咥えられて事なきを得たー! しかし、ここからレースに復帰するのは厳しいでしょうね!
——マイカ選手の前にザック選手が飛び出しただけなので事故扱いになりました。正直胸がスカッとしましたね
なんともまぁマイカちゃんらしい方法で突破してくれたのは嬉しいけど、
リードさんが居住区のチェックポイントを通過したとアナウンスされたのは、その直後だった。
マイカちゃん、ここから追い上げられるのかな。