第101話
城壁の上に等間隔で並んでいるフラッガーの人達をよく見ると、多くの人が双眼鏡を覗いている。
むしろ首から何もぶら下げてないのは私だけなんじゃないかってくらい。
肩を叩かれて振り返ると、先ほど私に槍、じゃなかった、旗を渡してくれたおじさんが立っていた。
双眼鏡を携えて、もう片方の手はこちらに手のひらを見せるように差し出されていた。
「……いくら?」
「千チリーンだよ」
「はい」
想像よりも、私の支払いが良かったのだろうか。彼は饒舌にレースの見所を語ってくれた。
だけど、解説のボンズさんの声と重なって聞き取りにくい。それに歓声もすごいし。
——おーっと! レースが始まって真っ先に飛び出したのはリード王女だー!
——ラグーンドラグーンは水場から水場へと移るため、他のドラゴンよりも持久力に優れていると言われています
「それにしてもリード王女はいつも序盤飛ばし過ぎるんだよ」
「そうなんですか」
「後半のペースが多少落ちても、彼女に追いつける人なんて現れなかったんだけどね」
彼は意味深な言い方をして、自分の双眼鏡を覗いて何かを探し始めた。
彼が何を探しているのか、大体は想像がつく。
「ルーク、ですか」
「そうそう。ドロシーさんとこの。あの子は優秀だよ。ハブル商社に何か荷物を頼むなら、
ルークちゃんを直接指名してお願いするね」
——レースは序盤にしてリード王女の独走状態! ライバルと評されていたルーク選手の姿が見えませんが!?
——上です
——はいぃ?
おじさんと二人でルークを探していた私達だったけど、今の会話で実況者すら
ルークを見失っていたことが分かった。
クレアさんは淡々とした声色で上とだけ言ったけど、それってどういう……。
騙されたと思って双眼鏡をぐーっと上に持ち上げて見ると、居た。
ちょうどリードさんの真上くらいのところに位置している。
「え!? たっか!」
「こりゃ驚いた」
——ハイワイバーンはその名の通り、高いところを好みます。まだ理由ははっきりとしていませんが、彼らは通常の飛竜属の倍くらいの高さで飛ぶのが気持ちいいみたいですね
——なるほど! つまり、リード王女とルーク選手はかなりいい勝負を繰り広げているということになりますね!
離れているせいでどちらが現状の一位であるかは分からないらしい。
そのままの状態で第一チェックポイントを通過しようとしている。
確実にチェックを受ける為か、ルークがかなり急激に高度を落として二人と二匹は横に並んだ。
ドラゴン達の鼻先で競うような接戦だ。
少なくとも双眼鏡を携えた私からは二人の姿はほぼ完全に重なって見える。
「いけー! ルークー!!」
「ランちゃんはルーク派なんだねぇ」
「え?」
「ルークちゃんが出場するって分かったとき、酒場ではリード王女とルークちゃん、
どちらを応援するか、殴り合い一歩手前の騒ぎになったんだよ。ははは、大人げないよねぇ」
「そうなんですか」
まぁルークなんて大会に参加していないのに謎の通り名があるくらいだし、話題性は十分なんだろう。
「ちなみに俺は両方応援する派。お祭りを盛り上げてくれるなら大歓迎だよ。
二人が揃うことで今年のドランズチェイスは去年より明らかに盛り上がってるし、
どっちかだけを応援するなんてしたらバチが当たるってもんさ」
人の良さそうな門番のおじさんはそう言って笑った。
彼くらいの年齢だと、娘ほどの年頃の女の子達がお祭りを盛り上げていること自体が
楽しくてしょうがないのかもしれない。
——チェックポイントを制したのはルーク選手だ!
——急降下しながらさらにスピードを上げましたね。あれはハイワイバーンにしかできない芸当かもしれません
——そして少し遅れて各選手達が大聖堂に飛び込んでくる! リード王女、ルーク選手に続いて三位でチェックポイントを通過したのは……ゼッケン八十番! 金色の竜に跨った謎の美少女だー!
——少し小柄なのでレースには不利だと思っていたのですが……認識を改めなくてはいけませんね
「なんだあの子!?」
おじさんは声を張り上げて、大聖堂辺りを見ている。ダークホースが健闘しているのが
意外だったらしい。
まさか三位につけているとは思ってなくてちょっとびっくりしたけど。
——あの子、チェックポイントにいる事務局員に何か叫んでましたね!?
——「マイカよ!」と言っていたそうです
——彼女の名前でしょうか? いえきっとそうでしょう! 彗星の如く現れたルクス地方のマイカ選手! 独特のフォームでトップ二人を追走します!
——あの前傾姿勢はおそらく、空気抵抗を減らす為でしょうね。とはいえ、あんな乗り方、最後まで保つとは思えませんが……
空気抵抗とか、きっと彼女は考えていないはずだ。
多分、こうした方が速く飛べると本能で察して実行しているだけだろう。
「すごいな、マイカちゃん!」
「えぇ。……リードさんと比べたらそりゃ、ルークのことを応援してますけど。
私はマイカ派ですよ。多分、この会場に居る誰よりも」
おじさんは私の顔を見たあと、ニカっと笑って「一緒に応援するよ!」と言ってくれた。
マイカちゃんのトンデモな自己紹介に街中がどよめいている。
レースはまだ始まったばかりだ。